砂糖菓子のように甘い世界
「おい、何笑ってやがる」
お得意の読心術が使えないせいだろう。珍しく苛立ちを顕にしながら赤ん坊ことリボーンが銃口を強く押し付けてきた。
「何が不満だ。俺はもう十分待ってやった。山本や了平の待遇についても譲歩してやっただろうが」
「うん。それについては感謝してる」
「だったらさっさと、」
「別にボスの座の就任自体を拒んでるわけじゃないんだからいいじゃん」
「そんな悠長な事を言ってる時間が無い事はテメェが一番わかってるだろうがダメツナ」
リボーンが安全装置を外すのと、言い終わったのはほぼ同時。
「いい加減ボスの座を継ぎやがれ」
9代目の体調はあまり良くない。現在は自分が9代目の仕事の大半を請け負っている状態だが、表向きは9代目の補佐、という事になっている。
『早くボスの座に』
ボンゴレの上層部も口を揃えて同じことを言う。9代目だけは俺の気持ちを察しているんだろう。何も言わずに俺を甘やかしてくれるから、申し訳ないなと思いつつも甘えている。
『早くボスの座に』
俺の右腕として補佐をしてくれている獄寺君もやはり同じ事を思っていて、だけど口にはけして出さない。それは以前俺が「言わないでとお願い」したからだ。
「いやだよ。それに9代目はまだいいって仰ってるじゃないか」
「……それ本気で言ってんのかテメェ」
「もちろん」
銃声とともに俺の背後に飾ってあった花瓶が割れた。あれ結構な値段だったはずだけど、もったいないなんて思えなくなってる自分がいやだ。というか煩いから耳元で発砲しないでほしい。
「次は耳をブチ抜くぞ」
珍しく本気で頭にきているらしいリボーンの目には、突き刺すような殺気が込められている。リボーンは9代目の事をとても大切にしているから、まぁ無理もないだろう。
上層部の連中は逆だ。9代目の体調とかはどうでもよく、ただ「初代の再来」とか何とか言われている俺の力を利用して勢力の拡大を目論んでいるだけ。獄寺君なんかはただ純粋に俺にボスになって欲しいんだろうけど。あぁ、ディーノさんもかな。
「それはやめてほしいな」
「テメェがなるって言えばいいだけの話だ」
そして俺がボスの座に就こうとしない理由は。
「だからさっきから言ってるだろ?」
「9代目が許す限り、俺はまだ継がない」
「……どうしてもその考えを変えないつもりか」
「ねぇ、リボーン」
自分で望んだ地位じゃない。俺はただ、普通に地元の学校に進学して、就職して、結婚して家庭を築いて。俺が求めていたのは、そんな当たり前の人生。もちろん、リボーンのおかげで友達も出来たし、心身共に強くなった。何をしても駄目だった自分を変えてくれた事には感謝してる。
「悪あがきだと自分でも思うよ。でもね」
ボスの座を継いでも仕事量は今と然程変わらないだろう。自由に使える時間は減ってしまうだろうが、それは構わない。
「どうしても嫌なんだ」
ボスになってしまえば、嫌でも皆との間に生じる上司と部下という関係が。友達に傅かれるなんて冗談じゃない。居心地のいい今の関係が壊れるとは全く思わないし、今更それを言うのかとか呆れらてもしょうがないと思うけど。
普通の日常を奪われて、日本を離れて、好きな人も諦めて、やりたくも無い争いをやって。自分の意思は何処にも無い、『ボンゴレ』のための人生。それでもここまで来れたのは、皆がいたからだ。それさえも奪われてしまったら、自分はきっと折れてしまうから。
俺はまだ、皆と対等な関係でいたい。
作品名:砂糖菓子のように甘い世界 作家名:ケイナ