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さよならのつづき

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千鶴が新撰組を去った。
 離隊する原田と永倉と一緒に、千鶴は新撰組の下から離れた。
 慌ただしい戦況の中、皆は新撰組に千鶴という人間がいたことを忘れる。元々隠れるように生活していた人間だ。いなくなったところでわからないと言われても仕方ないのだろう。
 けれど、掃き清められることのない庭先を見た時、ぞんざいに捨て置かれた洗濯ものを見た時、夕食の広間の静かすぎる沈黙を感じた時、平助はいつでも千鶴の不在を思い出す。
 今日だってそうだ。
 元々千鶴が生活していた部屋は、住むものを失ってがらんとしていた。廊下を通り過ぎようとしていた足を思わず止めて、平助は灯りのないその部屋を見つめる。そんなに広い部屋ではなかったはずなのに、主のいない部屋はやたらと広すぎるように見えた。
 動かなくなった自分の足に自分でため息をついて、平助はそのまま廊下の端に座りこむ。自室で酒でも食らおうかと思っていたが、ここで月見酒としゃれこむのも悪くない。自分の女々しさにはあきれるけれど、今日くらいはここで感傷に浸ったっていいだろう。
 手に持った瓢箪から盃に一杯の酒を注ぐ。廊下の縁から投げ出した足の裏を、夜の風が撫でた。
 左之さんが一緒なら大丈夫だろう。千鶴のことを考えて、平助はそう自分に言い聞かせる。原田には昔からやたらと迷惑ばかりかけられてきたけれど、その実とても人情にあつい男だということは誰よりもよくわかっていた。試衛館から培ってきた信頼が、平助の心を安心させる。
 千鶴が新撰組を去ったあの日、平助はわざと見送らなかった。朝早くに出立するという話を聞いて、わざとその日は空が白む前から布団に潜り込んでじっとしていた。
 空気が夜から朝に変わるころ、閉じた障子の向こうに人の気配がした。障子に背中を向けて、平助は寝たふりを続けていた。へいすけくん、と、小さく自分の名を呼ぶ声が聞こえた。答えたい衝動をぐっとこらえて、平助はただ、無言を貫く。沈黙が部屋に満ちた。
 やがて声の主は諦めたようにその場を去る。気配が消えた瞬間、平助はふうっと緊張を解いた。
 あのとき自分の名を呼ぶ千鶴の声に答えなかったのは、答えれば千鶴の決心を鈍らせると思ったからだ。自分が答えれば、千鶴のことだからここに残ると言いだすかもしれない。そうなれば、羅刹の強化に執着する山南に利用されるのも時間の問題だろうと思われた。平助はそれが恐ろしかった。
 いや、それよりも恐ろしかったのは、誰よりも自分が千鶴を利用してしまうかもしれないということだ。
 誰よりも、千鶴と一緒に生きたいと思った。戦う目的も、生きる意味もわからないままに、ただ一緒にいたいと思った。だからこそ、そばにいれば自分は千鶴の優しさを利用してしまう。千鶴も、平助自身ですら気づかないうちに。
 だからあの日、何も言わずに去っていく千鶴の足音を聞いていたのだ。
 手に持った盃を口に運ぼうと持ち上げると、注がれた酒に満月が映り込んだ。一瞬だけ手を止めて、平助はその光を見つめる。
 いつかの夜も、こんな月を千鶴と一緒に見上げた。
 月と一緒に思い出を飲み込むようにして、平助は盃の酒を一気にあおる。
 いつか、この先。自分が生きる意味を見つけられたら。そのときは千鶴に会いに行こう。空に浮かぶ本物の月を見上げて、平助はそう思う。
 いつか千鶴に笑顔で会うために、あがく。あがいている間くらいは、生きていたっていいだろう。いつ消えるとも知らない自分の身だけれど。
 空になった盃には、もう月は映らなかった。
作品名:さよならのつづき 作家名:おでん