つないだ手を
あのとき千鶴はそう言った。
「私はわがままだから。だから、どんな形でもあなたに生きていてほしかった」
平助の頬に手をあてて、千鶴は言葉を続けた。
「今もそれは変わらない。あなたに生きていてほしい。平助くんがこんなに苦しんでいるのに、それでも私は平助くんにそばにいてほしいと思っている」
わがままでごめんね。千鶴は柔らかな笑顔を浮かべていたけれど、その声はひどく震えていた。大丈夫という代わりに、平助は頬に当てられた千鶴の手に自分の手を添えて、そっと握りしめた。
あの夜のことを思い出して、平助は隣で眠る千鶴の手をそっと握る。
山南に会うために仙台へ向かう森の中。夜しか動けない自分のせいで、千鶴には大分無理をさせてしまった。千鶴は何も言わないけれどやはり疲れていたようで、木陰に腰を落ち着けて間もなく、穏やかな寝息が聞こえてきた。
触れた手の暖かさを感じながら、平助は月を見上げる。
わがままと言えば自分も千鶴に負けていない。平助は内心そう確信している。ただ死にたくないと変若水に手を伸ばしたはずだったのに、今はもうただ生きるだけでは物足りなくて、もっとこの暖かさを感じていたいと思っている。
この手に触れることが、自分の生きる意味だ。
見上げた月が綺麗だったから、平助はあの夜の千鶴の瞳を思い出す。何かに怯えたように瞳を揺らしながら、それでも一緒にいたいと言った千鶴の声。
あの日から、自分は戦うために生きるのではなく、生きるために戦おうと思えた。
んん、と小さく身じろぎをして千鶴が目蓋を開ける。その瞳が平助を捉えて、ゆっくりと笑った。
「もっと寝てていいよ」
そう言うと、千鶴は首を振って、そろそろ行こうかと立ちあがろうとする。その瞳が、ふと空に浮かぶ月を捉えた。
「月がきれいだね」
その言葉に頷きながら、平助はこうして同じ月を見上げられる幸せを思う。
この手の暖かさを、見上げる月の美しさを、享受する日常ではなく幸せの形として思えるようになったこと、そして、そこに生きる目的を見いだせた。それだけでも、羅刹になってまで生き伸びた意味はあったと思う。
今はまだ、そのことを千鶴に話す気はないけれど。
いつか、この先の未来で。