アルコールマジック
◆◆◆
数時間前 川越街道沿い 某高級マンション
折原臨也が数少ない友人からの電話を受け、彼の自宅を訪れると思ってもみない人物がいた。
「シズちゃんなんでいるの?」
「それはこっちの台詞だ」
彼の天敵である平和島静雄は臨也を見るとすぐに怒気を露わにする。臨也も顔を歪める。
「俺が呼んだんだよ。福引で当てたワインが2本に静雄が買ってきた酒……。2人じゃ多いだろ?」
この部屋の主――岸谷新羅は2人の様子を気にも留めずに行った。
「だからって何でよりによってこのノミ蟲なんだ?」
「いや、臨也呼ぶとつまみがね。――あ、台所使っていいよ」
「シズちゃんがいるならそう言ってよね」
溜息をつきつつ買ってきた食材を台所に並べる。新羅から「酒を飲みに来ない? ついでに何かつまみでも作ってよ」という電話をもらいスーパーに寄って来たわけだが、まさか先客がいるとは。
臨也は手際よく調理して食卓に並べる。
「それで何で急に誘ったの?」
「この間福引でワイン当てたんだけど、セルティは飲めないしさ。俺もそこまで飲むわけじゃないから2人を誘ったんだけど……。静雄が気をきかせて日本酒持ってくるんだもんなあ」
「ちょうど社長からもらったんだよ」
「でも結構いい酒じゃん」
「だから今日はおとなしくしててよね。お願いだから」
そんなこんなで奇妙な飲み会が開かれた。
◆◆◆
数時間後 池袋 静雄のアパート
「シズちゃん。いい加減やめといたら?」
静雄は枕をクッションがわりに抱きかかえながら焼酎をあおった。
「まだまだ……」
ダメだこれは、と臨也は苦笑して焼酎を舐める。
そろそろセルティも帰ってくるからとお開きになった後、飲み足りないから付き合えと言われてここまで着いてきた。出された焼酎は先程の酒に比べると安っぽい味がする。
臨也は特別酒に強いというわけではない。どちらかと言えば強いほうなのだが、それ以上に前後不覚になるような飲み方をしないのである。静雄はかなり強いほうなのだが、こうして飲み始めるとグラスを離さなくなる。
「俺帰りたいんだけど」
「帰さねえ」
「ちょっとシズちゃん、腕折れるから! 離して!」
全力で掴まれた腕がきしむのに、慌てて声をあげる。
「もうちょっと……付き合え」
「行動が完全に酔っ払いなんだけど」
臨也はグラスに残った酒を飲み干す。さすがに随分酔いがまわったのを感じる。帰るとは言ったもののすでに終電はない。
「シズちゃんと2人きりで飲むなんて初めてじゃない?」
「そうだな」
静雄の呂律の回らない相槌。それを可愛いなあ、などと思いながらグラスに酒を注ぐ。ちびちびと酒を飲み、唇に残ったアルコールを舌先で舐める。
「臨也……」
「何?」
「赤」
「は?」
向かい合っていたテーブルの向こうから静雄を手を伸ばすと臨也の唇に指で触れる。
「舌赤い……」
「たいていの人間の舌は赤いと思……」
一瞬何が起きたのか臨也にはわからなかった。唇に触れたものが指ではなく静雄と唇だとわかった瞬間、驚いて離れようとするが首筋を掴まれているせいでそれも叶わない。
口内に入り込む彼の舌先に噛みついてやりたいと思いながらも、その熱を受け入れた。
◆◆◆
臨也は健やかな寝息をたてる静雄の髪に触れた。何となく額にでこぴんをしてみたが起きる気配はない。
「どうせ忘れるんだろ」
さっきのキスも。下手したらこうやって飲んでいたことも。
「まあいいんだけどね」
呟きはアルコールとともに空気に溶けていった。
そろそろ始発の時間だ。