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ごめん、なんて微塵も思ってなくてごめん

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 楽しいなぁ。


 春の空に漂う綿毛のように意識を浮かべながら、ふわりふわりと青年は軽い足取りで自宅のあるマンションの廊下を歩いていた。
 少し朱の入った頬、珍しく邪気なく歪められた唇、そして辺りに漂うアルコールの匂いから誰でも彼が先程まで何か酔う類のものを飲んでいたことは容易にわかっただろう。
 周りの迷惑を考えず――最もこのような遅い時間であれば人通りは限られているが――ビニル傘をくるりくるりと振り回し、彼は歌うように呟く。

「今日の池袋は、くもりのち雨。昼は晴れるときもありますが、夜になると低気圧の影響によりどしゃぶりになりそうです。強風と雷にも注意して下さい」

 あぁ、楽しい。

「それでは週間予報です。今週の池袋はずっと、大雨が続きそうです……」

 雨になるでしょう雨になるでしょう。大型の熱帯低気圧が台風がハリケーンが近づいています大雨洪水暴風波浪雷警報です土砂災害にご注意下さい。あれ、池袋に波浪はないかぁ土砂災害はあるのかなぁビルでも倒れるのかなぁ!

「そして、」
 自室につけられた複数の鍵を開けて、彼は執事のように優雅にゆったりと扉を開き、あっさりそれを閉めた。

「じんさいに、ごちゅういを」

 再び扉の鍵を閉めた後、彼は振り回していたビニル傘を玄関に放り出し、ジャケットを脱ぎ捨て、部屋の電気をつけるとそのまま楽しそうな表情でまっすぐ目的の場所へと歩いて行った。
 自分の仕事机の近くにおかれた、「ゲーム盤」へ。
 にこにこと笑顔でゲーム盤を覗き込んだ彼は急に眉をひそめ、まるで汚らわしいものに触れるかのように盤の中央にあった一枚のカードを抓みあげ、舌足らずな口調でいった。

「……あんまりもえてない……」

 きゅ、と彼は吊り上げていた眉尻を下げて悲しそうな表情をつくったあと、その表情が嘘だったかのように子供のようににこりと笑っていたって楽しげに盤上に散らばっていたカードを拾い集め、自分の前で扇型に広げた。
 全て燃えているものは一つもなかったが、大体が燻っており、あるものは一部が爛れ落ち、あるものは一部が焦げている。そして全てが少し、ふやけていた。
 だってなみえさんがなぁ、と青年は一人ごちてカードの束から先程彼が文句を言ったカードを含む三枚を摘み取り、

「えいっ」

 他のカードをその場で放り投げ、とすん、と気が抜けたように椅子に座り込んだ。
 ぱらぱらと、カードがまるで雨のように青年に、その周囲に降り注ぐ。
 時々顔に当たるカードを気にするわけでもなく、彼はしばらく天井を仰いでいた。


                 + + ♂ + 


 全部のカードが床に落ち終わってからしばらく経って、彼は大きく息を吐いた。
 そして片腕を天井へ伸ばして、先程確保していた三枚のカードを電気を遮るように指でぶら下げ、すぅと目を細める。
 三枚のカードは、青年と、チェスや将棋の駒とオセロが燃え散らかったゲーム盤を、そしてその周りを取り囲むようなカードの残骸を何も言わずに眺めていた。
 真ん中のキングのカード以外は。
 キングのカードは、青年をじっと見据え、視線で彼を非難している、ような気が青年にはした。
 そうすると他のカードも彼を咎めているように感じた。左のカードはそこらにあるであろう自分のペアの片割れの扱いに悲しみ、憤り、そして右のカードはゲーム盤の中の見知った顔もカードの中に紛れている仲間も、そして、青年自身をも見つめていた。
 青年は、そんな気がした。
 だから青年は、その三枚のカードを見返して、ただ、ただ、上機嫌に、

「あはっ!」

 楽しそうに、笑った。










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