初恋の自覚、そして失恋(普→洪/APH)
大理石の床に敷かれたビロードの絨毯を粛々と女が歩く。初めて化粧を施されたのであろう女の唇は、ベール越しでもはっきりとわかるくらい紅く染まっている。緩く弧を描く口元。まっすぐに前を見据えた横顔は凛として、美しかった。
素直に美しいと思った。
かつて、鎧を身に纏い馬上で剣を振るっていたことなど忘れさせるほどに女の仕草は淑やかで、あれは誰だと一人呟く。あんな女を、俺は知らない。コルセットでウェストを締め上げて、たっぷりとレースのあしらわれたドレスに身を包み、たおやかに笑む、あんな女を俺は知らない。栗毛色の髪を棚引かせ、馬を駆る女の溌剌とした笑い声が不意に聞こえた気がして、薄いベールが、風に捲れた。
美しい横顔だったけれど、化粧の施された横顔よりも、馬上で大口を開けて笑う、あの弾けるような笑顔の方が何倍も美しかったのだと今更になって気付く。
女が男の手に手袋に包まれた掌を預けた瞬間、知らずと涙が零れた。祝福の鐘が鳴り歓声が広間に満ちる。歓声歓声歓声。
女はたおやかに笑んでいる。
初恋の自覚、そして失恋(普→洪/墺洪結婚記念日)
作品名:初恋の自覚、そして失恋(普→洪/APH) 作家名:ふちさき