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言い訳の代償

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「…嫌だ」


明確な拒絶の意思。いつだって真っ直ぐで、素直で、力強いこいつの視線が、今回ばかりはひどく憎らしい。
わざと大きなため息を吐いて、何度繰り返したかわからない説明をもう一度紡いだ。


  言い訳の代償


「流川……あのなぁ、さっきも言ったけどただの合コンだっつの。そんで俺は頭数合わせるために呼ばれただけだって」


言いながら、たぶん納得しないだろうなぁと思っているあたりから俺の疲労具合を察してほしい。もういっそのこと流川なんて無視して、凭れかかっている後ろのベッドにダイブして寝てやりたい。
なんでこいつはこんなに堅物なんだ。何がいけない。
たかが合コンに顔を出すだけ。しかも頼まれて仕方がなく参加する俺はタダ飯だ。

女の子に興味が無い訳ではない。そりゃあ健全なる体を持つ男児として生まれたからしてそこは流川だって同じなはずだ。……断定できないのが非常に不安だが。
それはともかく、今の俺には流川楓という立派な、それはもう俺なんかにはもったいないくらいの、恋人がいる。付き合い始めてそろそろ2ヶ月か。
笑顔を作り、話を合わせて、ちょっと優しい言葉を囁く。そんな面倒なことをしてまで女の子のメアドを手に入れる必要なんて今の俺には全くない。


正直、ここまで否定されるとこっちだって疑いたくなるってもんだ。
この期に及んでまだ女の子にふらふらするような奴に思われているのだろうか。
過去を振り返ってみれば俺はお世辞にも誠実だなんて形容をされる男じゃない。告白してきたのだって流川の方からだ。そこに不安要素があると言われればそれまでだが俺だって真剣に考えて、紆余曲折を経たものの、ちゃんと流川楓を恋人として受け入れた。
俺だってお前のことが好きだってことをちゃんとわかっているのだろうか。


横道に逸れた思考に言葉が消えると、流川がふっと目を瞑り、小さな息を吐く。
ため息吐きたいのはこっちだって言葉を飲み込んで、やっと諦めてくれたのかと期待したら、予想外な方へと話が飛んだ。


「じゃあ、俺も行く」


何だって?明日の合コンにお前も参加する?


「それは駄目だ」


考える前に口が動いた。
いや、だって意味がわからない。俺の大学の友人が開く合コンだから流川の知っているやつなんていない。だいたい数合わせで俺が呼ばれてんのにお前もついて来ちゃったら人数合わなくなんだろーが。
そんなことより何よりも、


「…そりゃあお前が来たら女の子達は喜ぶだろうけど、それは駄目。俺がイヤ」


この男は本当に顔が良い。長い睫毛に縁取られたキレイな目。すっと通った鼻梁。語彙力が絶対的に足りてない俺にはどうやってこの美しさを表現すればいいのかわからない。けれど同性の俺から見ても、(恋人という欲目のない時から思っていたことだが)嫉妬するのも馬鹿馬鹿しいくらい端整な顔なのだ。
高校時代からすでに女子からの人気が相当高かったこいつのことだ、今だってその勢いは衰えてないだろう。
そんな流川が合コンなんかに参加しようものなら女たちは皆、流川狙いになってしまう。恋人としては誇らしいような気もするが、誘ってくれた友人に申し訳ない。そして何よりそんな流川を見るのは何か不愉快だ。同じ男として、とかではなく、こいつの恋人は俺なのにそれを大っぴらにできないのが、悔しい。
流川が他の女に取られるなんてそんなことを思っているわけではないが、やっぱり仲良くしているとこを見るのは面白くない。…あぁ、俺も女々しくなったもんだな。
勝手な想像に眉を顰め、そんな自分の思考に呆れていた俺を見て、流川はまたため息を吐いた。


「………先輩わかってない」

「あぁ?何がだよ」


小さいテーブルを挟んで向かい合っていた流川が、おもむろにその障壁を取り払う。だんだんと近づいてくる流川の顔。あぁやっぱり綺麗だ、なんて思っているうちに流川の腕が俺の身体の横に付く。
前屈みになって至近距離なこいつの視線から目が反らせない。


「俺は別に先輩の浮気が心配で止めてるわけじゃないっス」

「じゃあいいじゃねぇかよ…」


ぐるぐると渦巻いていた疑問はあっさりと断ち切られるが、だったら何で駄目なんだ。イマイチぴんとこない俺に流川は言葉を続けた。


「俺が嫌なのは、先輩が俺を連れて行きたくない理由と同じ」

「??」

「先輩が女共に言い寄られるのが嫌。先輩がそいつらに優しくすんのが嫌。他のやつに先輩との時間を奪われるのが嫌」


淡々と紡がれる言葉の意味を即座に飲み込むことができない。頭に流れるこいつの言葉を理解する前に、俺の唇にキスが降る。
身体を動かそうにも前は流川で後ろはベッド。逃がす気なんてないと熱い視線が雄弁に語る。
制止の声を掛けるよりも早く、流川は俺の何もかもを掻っ攫う。


「明日の夜までアンタの時間を俺に頂戴。動く気力があったら行ってもいいよ」


二度目のキスに溶けた思考が明日の言い訳を模索する。
誰でもいいから俺の代わりに考えてほしい。
作品名:言い訳の代償 作家名:このえ