ちかくてとおい。
「轟さんかわいいねぇ」
「…」
相変わらず暇な店内。疎らな客を気にすることもない店長の隣、ふわりと微笑む彼女をキッチンから覗けば、佐藤くんは表情ひとつ変えずに煙草を銜えていた。
本当は気になって仕方ないくせに。
素直じゃないなぁとまた笑ってみせれば、ギロリと睨まれる。
頑張って手を伸ばせば、届くかもしれない。
分かっていても、現実はそう簡単にはいかない。
「気持ちはよく分かるよ」
「勝手に言ってろ」
そう吐き捨てて佐藤くんは、轟さんたちの見えない奥へと視線を向けた。
嘘じゃないのにな。
欲しいものはすぐそこにあるのに、とても遠い。
とても遠いのに、時々手が届くんじゃないかと思って、諦めきれない。
そんな君の気持ちを一番理解しているのは、きっと僕だ。
君が彼女を想って眠れない日は、僕も眠れない。
君が彼女を想って笑ってる日は、きっと僕も笑ってる。
僕は卑怯だから、君の想いが完結するのをただ待っている。
君のその想いが成就したのなら、僕は解放されるんだ。
だから、僕は君を心から応援しているよ。
早くこんな痛みとおさらばさせてよ佐藤くん。
こんな僕は、らしくない。
「…お前、今日顔色悪いぞ」
「そうかな?」
昨日寝るの遅かったからなぁ。と笑ったら、ばぁか、なんて佐藤くんは唇だけで作って、
笑った。
ほら、また君はそうやってすぐに甘やかす。
頑張って手を伸ばせば、君に届くのかな。
「そんな訳ないのに」
「あ?」
「ううん、何でもないよ」
笑って誤魔化して。この痛みといつまで付き合っていかなきゃなんないの。
泣きたくなるのを隠して僕は笑う。
君が泣かないから。
泣いてもいいと、誰か彼に伝えて。
叶うなら、彼女と幸せになってよ。
そうすれば、僕はきっと涙を流せるから。
end
オチとかないです。