先生と俺
学園の授業料は高くもないがけして安くはないので、きり丸は馬車馬のようにバイトをしているのが常である。
それなのに珍しくだるっとしていたので、気になった乱太郎は話しかけてみた。
「きり丸ー?」
「……あ、乱太郎か」
「どうしたのきりちゃん、珍しくぼうっとして」
「んー」
ごろんと、床に転がって、きり丸は天井を見上げた。
「なんかさ」
「うん」
「土井先生がさ」
「うん」
内心「だろうね」と相槌を打つ。
きり丸がおかしくなるのは94%土井先生で、5%利吉さんで、1%が銭だ。
「夏にさ、俺、合戦場でバイトしたんだ」
「儲かった?」
合戦場で物を売るのは非常に割りがいい。
だからきり丸は時期さえあえばそこでバイトをする。
土井先生もいい加減呆れていたし、それは入学前からやっているから今更だろうに。
「忍の、バイトしたんだ」
乱太郎は瞬きした。
「え?」
「忍の。利吉さんに紹介してもらって」
「……きり丸」
嗜めるように乱太郎はきり丸の名前を呼んで、きり丸はぐるりと背中を向けると、右腕を目の上にかぶせる。
「すっげ、怒られた」
「だろうね」
あの人はそういう人だ。
だから乱太郎もきり丸も、ほかのは組も慕っているのだ。
「家族だって、言われた」
「……」
きり丸の声が湿っているのに乱太郎は気がつかない振りをしてあげる。
「一緒に暮らしてもう四年だもんね」
「家族だから、守って当然だって……家族だからだってさ」
「きりちゃんもそう思ってるんでしょ、お互いに思えばもう家族だよ」
乱太郎は膝で歩いて、よしよしときり丸の黒髪をなでる。
小さく震えた頭を、もう一度やさしくなでる。
「よかったね、きりちゃん」
「だ……て、他人じゃん……」
「土井先生はそう思ってないんだよ」
「親子、て、年じゃないし……全然似てなんかな……」
途切れ途切れに零すきり丸に、そうだねぇと乱太郎は頷く。
「きりちゃんはどっちかって言うと、利吉さんに似てるよね」
「…………は?」
くぐもった声が漏れてきたが、乱太郎は構わず続ける。
「つり目のとことか、実技が凄くできるとことか、戦術はちゃんと立てるのに案外自分で突っ走るとことか。頑固なトコとか、短気なところとか」
「いや、だから」
「親子には見えないけど、兄弟には見えると思うよ?」
ね? と笑った乱太郎をぽかんと見上げていたきり丸は、突然くすりと笑う。
「ヤだよ利吉さんああ見えて結構おっちょこちょいなんだぜ」
「きりちゃんじゃない」
「え!? 乱太郎~、酷いって」
「やっぱり似てるよ」
似てる似てる、と何度も繰り返した乱太郎に、きり丸もそうかもそうかもと同意しだす。
「何せ土井先生がああだからなぁ」
「土井先生が大好きな人は似ちゃうんだね」
「じゃあ乱太郎もそうかもな」
「ええ~? いやだよ私は」
「ひっで~なぁ」
クスクスと二人はしばらくそんな事を言い合って笑っていたけど、乱太郎が「ってことは山田先生とも似てるんだよね? そのうちあんな女装をするのかなぁ」と能天気な顔で言ったので、きり丸は今度は否定しようと思った。
あれは本当に、遠慮したい。
***
しまった、土井先生が授業料払ってくれたってことをいえていない。
まあ他の生徒に言わないほうがいいのかもしれないが。
きっと乱太郎は察してくれたんだと思います。
この二人は悪友で親友で同盟で正反対だといいな。
特に協力しようと思っていないけど、自然にそうなってる、みたいな。