八万六千四百秒
フランスの声が遠くで響いた。どうして?フランスが謝ることなんてなにもないのに。俺を愛してくれてるんだろ?大丈夫、俺ちゃんとわかってるよ。あんな女と一緒にいたのなんて、俺を嫉妬させたかったからなんだよな?
「ちが、イギリス、ちが…っぐ!」
あ、ちょっと殴りすぎたかなぁ。嫉妬したふりにしてはやりすぎちゃったかも、ごめんな。綺麗な顔に傷が残らなきゃ良いけど。でもな、こんなに愛してるのに俺を試そうとするなんて、フランスも悪いんだからな?俺に嫉妬させたくて浮気したふりするなんて、ほんとしょうがねえなあ。俺のこと大好きなんだろ。俺も、お前が大好きだよ。愛してるよ。
「ちょ、イギ…っ、痛…」
え?なに?ちょっと、お前が誰のものか印つけただけだよ。わかりやすいようにちゃんと見えるところにつけたんだから、タートルネックとか着るなよ?
皮膚を噛み切った歯と唇に鉄の味がまとわりついて、あ、ちょっと甘い。吸血鬼の気持ちがわかるかも。愛してる人の血は美味いんだな。
殺さないように動脈は避けたんだから、いいだろ。それに、切り傷の方がキスマークより長く残るぜ?もしかしたら、傷が残って消えないかも知れない。そうやって一つずつ、お前の身体に俺の愛の証が残っていくんだ。考えるだけでもぞくぞくする。ああ俺、これだけでイけるかも。お前のが入ってくるときの快感にはかなわないけど、さ。
ぺろり、と、垂れてくる血を舌で拭うと、傷口に染みたのかフランスが呻き声をあげた。その声にさらに煽られて傷口をぐり、と舌で刺激する。背筋に走る甘い痺れと中心に走った衝動に突き動かされるように、裂けた皮膚の端を歯で挟んで、皮膚と肉の合間を剥いで傷口を拡げた。ついに呻き声から悲鳴に変わり、脂汗が額を伝う。その声はきっと俺しか知らない、こんな追いつめられて余裕のないフランスはきっと俺しか見たことがないんだ。
ああどうしよう、止められない。愛しくて愛しくて、愛しくて殺しちゃいそうだ。消毒のつもりで傷口を一度舐め上げてから起き上がると、痛みで虚ろになった蒼い瞳が俺を映しているのが見えた。
愛してるよ、フランス、ともう一度のしかかって耳元で囁けば、びくりと身体が跳ねる。怯えてるのか。でも大丈夫、俺はここにいるよ?あんな女はもう始末してやったから。ね、もうお前が不安にならないように、ずっとずっと愛し続けてあげる。
八万六千四百秒を、片時も離れずに愛してあげる。