骨の髄まで愛し尽くして
イギリスはかり、と親指の爪を噛んだ。面白くない。こんな思いを抱える羽目になるのなら、結婚を申し込まれた時に受けてしまえば良かったとも思う。だけれど不況を理由に、その高いプライドを踏みにじってイギリスの足下に跪くフランスはイギリスが愛し続けた彼の姿ではなく、懇願する様子はイギリスの中の何かを冷えさせるのに十分で、帰ってくれないかと叩きつけた言葉に傷ついたのは彼よりもきっと自分の方だとイギリスは思った。
思い切り良く噛み締めた歯がぎりりと鳴って、隣に居た日本が心配そうに覗き込む。
「イギリスさん?どうされましたか?」
その声で我に返ったイギリスはぱっと手を離し、ぎこちない笑みを見せながら日本に振り返った。
「あ、ああ、何でもない」
どう見ても『何でもない』はずがないのだが、空気を察した日本はそれ以上追及しなかった。
会議は若干のアメリカの暴走を挟みながらも第一幕が終了し、休憩を挟んで再開にしよう、とアメリカが宣言したのとほぼ同時に、イギリスはフランスの手を引いてつかつかと歩き出した。その直前までフランスと歓談していたスペインがきょとんとした表情で見上げてきて、フランスがえ、ちょ、ごめんなスペイン、と謝っている声が背後でしていたが、イギリスは無視するかのように歩調を緩めず歩き続けた。
人気のない廊下から、使われていない部屋に入ったところで、フランスはようやく思考を取り戻して、感じていた疑問を口にした。
「何、イギリス、どしたの、怒ってんの?」
「……俺たち、付き合ってるよな?」
ぴた、と前を歩いていたイギリスの足が止まる。
「うん?」
フランスは引かれた手はそのままに、曖昧に首を傾げた。そうだけど、それが?という意味だ。フランスにとっては先のドイツとの会話など何の意味も持たないのだろう。少しでも意味があるのならば、イギリスのこの言葉にフランスも思うところがあるはずだ。そしてそれを隠しおおせるほど付き合いの短い相手でも、浅い相手でもない。
結局フランスのそんな些細な一挙手一投足にまで振り回されてしまっている、という事実を思うとイギリスは泣きそうになる。いとしい、にくい、いとしい、にくい、いとしい、いとしい、こわしたい。
どろどろと腹の中で混ざり合う感情はその針の触れ幅を徐々に大きくしている。愛しさが大きくなれば大きくなるほど、壊してしまいたくてたまらないのだ。
それでも、壊さないのは、——
「……なあ、そんなにあいつが好き?」
フランスの手を引いているその手にだんだんと力がこもり、みしみしと骨が軋む音にフランスは悲鳴を上げた。
「い、イギリス、痛い痛い、離して」
イギリスは聞こえているのかいないのか、手の力は緩めずに口を開く。
「……俺を見ろよ」
ぱっと手を離したイギリスが振り返り、フランスの襟元を引いて、唇が触れそうなほどに顔を近づける。
「俺を、俺だけを見ろよ!……お前の一番近くにいるのは俺だろ!?」
イギリスの表情が切なさと憎悪で歪む。天地がひっくり返り、だん、とフランスの背が床にぶつかる音がして、その上へのしかかりながらイギリスはフランスに唇を押しつけた。
激情を吐き出すような口づけは一方的な熱をフランスに押しつける。ねじ込む舌の横、唇の端から唾液がこぼれてお互いの肌を濡らす。銀糸を引いて離された唇はてらてらと光って妖艶だった。その唇を拭おうともせずにイギリスは続ける。
「見てくれないんだったら、また百年かけてお前を殺すよ。どこまでも追いつめて、今度こそお前を殺して、お前を俺の一部にする。髪の毛の一本、血の一滴まで絶対逃がしたりしない、全部ぜんぶ俺のもの、だから。ああほんとなら今すぐにだってお前を食べたい。ばらばらに切り刻んで、肉と骨と内蔵はとろとろのシチューにして、血はワインの代わりに飲んで、この身体の中にずっと、なあ、そうすれば死ぬまで一緒だよな?でも瞳は綺麗だからちゃんと剥製にして俺の心臓に埋め込もうか。それとも俺の片目を抉り出してそこに入れてしまおうかな、オッドアイなんてほんとうに混ざって一つになれたみたいじゃないか」
お前の目から見る世界はどんなに綺麗だろうな。
恍惚とそれを語る翠の瞳は狂気に染まっていて、フランスは背筋に薄ら寒いものを感じた。ぎゅう、とイギリスがしがみつくように抱きついてくるのを抱き返してやることができず、律儀な左手が宥めるようにくすんだ金髪を梳いた。
「……なあ、俺が怖い?大丈夫、殺さねえよ……ちゃんと俺を見て、抱きしめて、囁いてくれるお前が好きだもん」
顔を上げたイギリスの瞳とフランスの瞳がかち合う。
「知ってる?お前とのセックス、すげー気持ち良いの……」
そっと腰を擦り付けると、イギリスの身体に電撃のような快感が走る。薄く喘ぎがこぼれる自らの唇をイギリスはぺろり、と舌で見せつけるように舐めた。
「……いとしくてしにそう……」
そう言って、イギリスは再びフランスの唇を自らのそれで塞いだのだ。
作品名:骨の髄まで愛し尽くして 作家名:統華@ついった