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ただのほのぼの。

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その日雪月樹(ユツキ)が自室で弟とくつろいでいると、パタパタパタと階段をかけあがる聞きなれた音が耳に届いた。
弟の花月樹(カヅキ)が読んでいた本から顔をあげ、兄の顔を見詰めたあとおもむろに視線をドアの方へと固定する。
それに倣い、雪月樹もドアの方に目をやり、音の主を待つ。
それはそのままドアの前まで近付いてきて、予想通りにそのままがちゃりとドアが開き、続いて白い髪を覗かせた。
「ツキ、ツキー。」
ハイプリーステスの姿をした姉貴分が紫苑の瞳を輝かせ、いつもの笑顔で自身の名を呼ぶのを、雪月樹は苦笑半分呆れ半分の微妙な心境で見詰めた。
「…毎度だけど、ノックくらいしなよユエ姉…。」
「えー、見られて困るものでもあるの?あ、かーくんも居たのね、おはよー。」
「着替えみられたら普通に困ります。寝起きも出来たら見られたくないです。っていうかそっちも困るでしょ。」
「……おはよ、姉さん。」
「えー、別に困らないよー?」
「困ってくれていいよ。」
「ツキ寝ぼけてると子供みたいで可愛いよー?」
「そうゆう問題じゃない、ついでにカヅキも然り気無く頷かないっ!」
「もー、ツキのわがままーっ。」
「何が……あー、もういいや…。」
姉との応酬に疲れ、がくりと肩を落とした。この姉には永遠に勝てる気がしない。
二人のやり取りを交互に眺めていた弟は、兄にやがて視線を固定するとこくりと首を傾けた。
弟の幼い仕草に少し癒された気になりつつ、雪月樹はもう一度姉に向き直った。
「……で、姉どうしたの?」
「あ、そうだった。ツキリボン結んでー。なんか上手くいかないのよぅ。」
ひらひらと手にした赤いリボンをなびかせ、持参した櫛を雪月樹の手に押し付けた。
「いいけど、出掛けるの?」
「うん。もうすぐひよこが迎えにくるのー。」
「…ひよこにやってもらえば?」
「えー、やだよぅそんなの。恋人同士みたいじゃないっ。」
「………。」
「ん?どしたの。」
「……いや、まぁうん。」
姉の左手の薬指にはまった指輪は見なかったことにして、雪月樹は脳裏をよぎっていった珈琲色の頭に小さく「南無」と呟いた。
「じゃあちょっとカヅキ、悪いけど椅子ユエ姉に空けて、こっちきて。」
自分が椅子がわりにしているベッドをぽんぽんと叩くと、花月樹はこくりと頷いて椅子を姉貴分に譲り、兄の隣に腰かけた。
「はいユエ姉、こっち座って。」
簡易椅子をベッドに引き寄せ、手招きする。
姉は何が楽しいのかにこにこと背中を向けて座り、雪月樹は手にした櫛で姉の風変わりな白い髪をゆっくりと毛先から順番に手慣れた様子ですいていく。
その手元をじっと隣で見つめる弟。
「あー。もー、また髪の毛乾かさずに寝ただろー?ここよれてるよ。」
「えー、だってかわくまで待てないんだもん。」
「女の子が髪の毛傷んだら困るでしょー?」
「えー、別にいいよぅ。ツキだってそのまま寝てるじゃない。」
「俺は別にいーの。てか、男でそこまで手入れ気にしてどうすんの。」
「そのくせサラサラなんだもん。ずるいよねぇ。」
姉の髪に一通りブラシをかけ髪がそれなりに整ったのを確認すると、慣れた手付きで左右の髪をすくい赤いリボンを結う。
バランス良くなるようにリボンの形を整え「姉、こっち向いて」と振り向かせると、最後の仕上げにささっと前髪も整えてやった。
「はい、できたよ。」
「ありがとー。」
にっこりと至極嬉しそうに笑う姉に、つられて微笑み返す。
ふと姉の視線が横のアサシン衣裳に向かい、さらににんまりと笑った彼女の手がその金色の髪に伸びた。
「そういえばかーくんは髪の毛やわらかいよねぇ。ふわふわ〜♪」
小さい頃のツキと顔はそっくりなのに〜、と頬をすり寄せわしゃわしゃと花月樹の髪をかき混ぜる。
かーくん可愛いね〜と過剰なスキンシップにされるがままの弟の頭をぽんぽんと撫で、雪月樹は首をかしげた。
「そんなに似てるかなぁ?」
弟と顔を見合わせると、弟も赤い瞳をぱちくりと瞬かせ、分からないという顔をしている。
自分の小さい頃なんて覚えてないけれど、少なくともこんなに目は大きくなかったし、可愛らしくもなかった気がする。
「えっと、ツキはキレイさんで、かーくんはかわいこちゃんって感じ?」
「なにそれ…。」
「ん〜、でもかーくんは将来ツキより恰好良くなりそうねぇ。楽しみ〜。」
「それ本人の前で言うか…。」
「え〜、だって、ツキはどっちかって言うと美人さんだし〜。」
「…どうせ俺は母親似ですよ…。」
男で美人なんて言われても嬉しくないよ、とがくりと肩を落とした雪月樹にさらに追い討ちをかける姉。
「仕方ないよぅ、ツキったら線が細すぎてお色気たっぷりなんだもん。」
特に悪意もなく笑って言ってのける姉に雪月樹は、そのままばたりと座っていたベッドに倒れこんだ。
「色気って何…っていうか言われてもうーれーしーくーなーいー。」
よよよ、と適当な泣き真似をしつつ、手近なところにあったうさぎのぬいぐるみを抱きしめる。
背中を丸めてそっぽを向いて、もうこのままふて寝してやるぞな雰囲気の背中を見つめ、何か企んだ笑みを浮かべた姉。
「えー、何って例えばその腰とか〜?もうっ、羨ましいなぁ!」
のしっ
「うわ!?」
雪月樹の体に突然襲い掛かった重量二人分。
にやり、といたずら好きのする笑みを浮かべた姉が、弟を巻き込んでのしかかってきたらしい。
驚きで目を見開いた弟を受け止めて、とりあえず逃げ出そうともがくが、二人分の体重に勝てるわけもなく起き上がれない。
「あはは〜♪」
「って、姉、ちょ、どこ触っ…!?」
「えー?ツキの細腰〜?」
「ああもうそのまま抱きつかないっ!花月樹が潰れる!」
「大丈夫だよ〜、ねー?」
「…うん。」
「俺が大丈夫じゃないーーー!!!でもって脚!脚ださないの!!」
「えー?仕方ないじゃない、こーゆう服なんだもん。」
「そーゆう服なんだから気を付けて行動しなさい!」
「もぅ、ツキったらお母さんみたいな事言ってー。」
まともに会話のキャッチボールをしろーーー!!!
と、雪月樹が叫ぼうとした、まさにその瞬間。

がちゃ

「………。」
「あ。ひよこ、おっはよー。」
たぶんノックはしたのだろう、珈琲色の頭をしたハイウィザードが、部屋の有り様を見て硬直する。
ベッドの上で若い男女が団子になってじゃれていれば、普通は驚くだろう。
「……うん。おはよ。」
ややあって、思考が回復したらしい彼は現在の状況に突っ込むことすらせず姉に告げた。
「居間で待ってるから、飽きたら降りてきてね。」
「ちょ、おま、助けろよ!!」
「無理、がんばれ。」
さすが相方兼旦那様よくわかっていらっしゃる、とばかりにバタンと無情に閉められた扉に、雪月樹は本気で泣きたくなったとかならなかったとか。
ああ、でも成長したなぁひよこ、昔なら絶対妬いてたのに。ああ、違うか諦めたのか…。
思考がだんだんと現実逃避していく中で、姉の嬉しそうな顔を視界にとらえる。
「……やっぱ俺、姉には勝てないわ。」
降参とばかりに両手をあげ、雪月樹は大きく溜め息を溢した。

作品名:ただのほのぼの。 作家名:notoya