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それは暗黙の告白

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「そういえば、なんで耀ちゃんのこと“ユエ”って呼ぶんだ?」
そう、フランシスくんに指摘されて気付いた。

なんでだろう。
彼の名前は“ヤオ”と読むはずなのに。



【それは暗黙の告白】



世界会議の後、フランシスくんに呼び止められたと思ったらあんなことを言われた。
もちろん真意なんか知らないけど、僕は「さぁ、なんでだろうね?」と笑ってはぐらかした。
だって、どうしてなんか知らないし、その理由を知りたいのは僕だって同じだ。

本人に聞けば一番手っ取り早いのだろうけど、会議が終わってすぐに耀くんはさっさと帰ってしまったから、それは無理。
自分でも考えてみたけれど、僕には一つしか思い当たることが無い。

“ユエ”という呼び方は、他でもない耀くんが教えてくれたのだ。



――いつだか忘れてしまったけれど、確かその日はしとしと雨が降っていたと思う。
僕が彼を呼んだとき、窓辺に居た耀くんが振り返って、妙に澄んだ瞳で見つめて、彼は言ったんだ。

『“ユエ”で……いいあるよ』

なんで急に、そんな事を言い出したんだろう。
気にはなったけど、僕はその響きがとても気に入ったから、それからは“ユエくん”って呼ぶことにしたんだ。



「う~~~ん……分かんないなぁ……」

ホントにそれだけ。
だからそれ以上の理由なんて。
――まぁ確かに、僕個人にはそれ以上の理由をこじつけたくもなるけど。

廊下の途中にある椅子に腰掛けて考え込んでいると、ふと目の前に影が落ちた。

「何してるんですか……こんな所で」

落ち着いた静かな声。
顔を上げると、そこにいたのは菊くんだった。
後から出てきたってことは、アルフレッドくん辺りと何事やら話し込んでたんだろう。
いまだに残っていた僕に驚くと共に、引くような、嫌悪のような感情が隠し切れず言葉の端に滲み出ている。

それも仕方無い。
昔から僕らは何かと折り合いが付かない上に、件の耀くんを好いているからだ。

考え事だよ、といつもの笑みを作って応える。
直後に僕は「あ」と声を上げた。
なんだ、ここにももう一人居たじゃないか。
耀くんを“ユエさん”と呼ぶ人物が。

もしかして……と期待を込めて、菊くんに質問してみた。

「そうだ……菊くん」
「え、なんですか……?」

目を輝かせる僕とは正反対に、菊くんは微笑みを引きつらせている。
あはは、だいぶ滑稽だよ?

「耀くんのこと“ユエ”って呼ぶ人って、僕と君だけだよね……なんでかな?」

じーっと見つめまくってると、菊くんは困ったような顔をしたあと、渋々問いに答えてくれた。

「あー……。えと、正確には“兄弟と貴方だけ”、なんですよ……」

やっぱり、と心の中で手を打った。
その名で呼ばせている範囲は狭いらしい。
僕の好奇心は更に高まった。

「で?なんでか分かる?」
「理由ですか?……そんなに知りたいんですかイヴァンさん…」

いかにも教えたくないって感じのオーラを出しまくる菊くんだったけど、僕にはそういうの通じないよ。ごめんね☆
変わらずニコニコしていたら、彼は溜め息をついた。
どうやら諦めてくれたらしい。

「……耀さんは、“ユエ”という呼び方は中々させないそうですよ。自分の中で特定のルールがあるのか、その呼び名に意味があるのかは分かりませんが……」

一度言葉を切って、僕に背を向けると、菊くんは少しだけ顔を動かして鋭い視線で僕を見た。
視線には明らかな敵意が込もっていたのだけれど。

「兄弟以外でその呼び名を許されたのは、きっと貴方だけでしょうね」

言葉は、どこか羨むような空気さえ感じさせた。
菊くんは言い終わるや否や、そのままスタスタと廊下の向こうへと姿を消してしまった。

また、ぽつんと椅子に取り残される。

どういうことかな……。
“ユエ”と呼んでいるのが、彼の兄弟と僕だけで。
かつては兄弟のみだったらしいこの呼び名。

特定の誰かに、違った呼び方をさせる―――

悶々と考えていると、ある考えが頭の中でふわりと広がった。

まさか。
だとしたら、それって…
すごく、すごく、幸せじゃない?

自然と顔が綻んで、ワクワクして胸がドキドキして止まらない。
居ても立っても居られなくって、僕は耀くんの家を目的地に据えて駆け出した。

彼の弟のくれたヒントで、僕が導き出した答え。
それが正しいのか……早く、はやく確かめたい。



“ユエ”という呼び名。
その呼び名を教える人。

どちらも、



特別 だってこと。



ねぇ、あの日に。
君は僕を、とっくに認めてくれていたのかな。
あぁ なんて幸せなんだろう!



考えれば考えるほど、嬉しさに僕の足どりは弾んだ。



fin.
作品名:それは暗黙の告白 作家名:三ノ宮 倖