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きみは女神さま。

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 しあわせだ。
 誰の視線にも拘束されないしずけさの中で、少年はひとり呟いた。
 青空の下でひかりを浴びて透きとおるような髪と裏腹に、その名の仰々しさには見劣りするものの、文字通りの意味で捉えるなら大層似つかわしいといえる地味さが、少年の大柄な影をかすませていた。
 平和島、静雄。それが、彼を表す記号のひとつだった。
 それは単独では、あるいはなんら特別なものではなかったのかもしれない。しかし各々が複合的に発音されることで、本来の意味を遥かに凌駕する衝撃性を有してしまった。
 たとえば、言葉に力がある、と仮定するのならば、その力は確かに彼に対して働いたのだろう。そう思わせるほど、彼は平和と静けさというものに格別の憧憬を抱いていた。けれど憧憬はあくまでも憧憬でしかなく、焦がれるからにはそれは、手に入らないものでなければならないことを、少年は無意識に理解してもいた。
 彼の名前はその意味と相反して、いつだって彼を人目に晒させた。だからこそ、彼はなおさら強く、強く望んだのかもしれない。目立たず、平和に、静かに、日常を過ごすことを。そしてだからこそ、彼はいっそ崇拝にも近い気持ちで憧れたのかもしれない。

「ああ、退屈だなぁ退屈だなぁつまんない」

 澄んだ空みたいな声が静雄の耳をくすぐる。しあわせな声。しあわせを運んでくる、声。その声だけが静雄にとって唯一のしあわせだった。静雄は生まれてから今まで、これほどのしあわせに出会ったことがない。
 けれどその声は、いつもどこかふしあわせそうに曇っていて、時折静雄はとても哀しくなる。
 その声の主は、校舎の屋上でひとり、フェンスの上に腰をおろしてグラウンドを見下ろしていた。そこが彼の「特等席」だということを、静雄は知っている。いや、それはおそらく静雄しか、知らない。なぜなら彼は──いつもひとりだったから。
 彼はここに来るとき、けして誰も連れてこない。授業中以外は常に傍にいる取り巻きたちも、割と仲のいいクラスメイトたちも、いつも登下校をともにしている幼馴染ですら、連れてこない。というより、連れてきたところを見たことがない。だから断言できる。
 彼はいつもひとりだ。静雄が、そうであるように。
 フェンスの上で足をぶらつかせながら聞きなれない歌を口ずさむ彼を、静雄はいつものように階段へと続く扉のかげから眺めていた。雨ざらしのせいで少し錆びついたフェンスが、揺れてカシャンカシャンと音を立てる。楽しそうに、うれしそうに、彼はほそい肩を揺らして歌う。青空の下で、つやつやとひかりを弾く黒髪の間から、まっしろい頸がちらちらと見えた。
 そのきれいな様は、いつでも疑いようもなくきれいで、胸がしびれる。じんわりとあたたかくて、哀しいくらいにしあわせな気持ちが静雄の胸を充たす。まるで彼は太陽のようだ。近づけばきっと跡形もなく焼かれてしまうのだけれど、遠くから見ている限り、彼はこんな自分にもしあわせをくれるのだ。
 誰からも好かれない自分と誰からも好かれる彼。
 はじめに屋上という特等席を見つけたのがどちらなのか、それは静雄にもわからない。ただ解ることは、彼も、自分も、この世界で独りきりだということ。自分が彼を眺めても許されるのは、ここでだけだということ。ここでしか見られない彼を、自分だけが知っているということ。
 そして自分が、彼を、とても好きだということ。それはもうふしぎなくらいに。

 彼が好きだ。
 いつもひかりのようで、けれどもいつも曇り空な彼。
 折原臨也。という名前の、きれいなひと。

 



 背中に羽の生えた、ひとりぼっちの女神様──。

作品名:きみは女神さま。 作家名:藤枝 鉄