独占欲
はあ、とわざとらしい溜息を吐いて首を傾げながら、金髪の男に向かい合う形で腰部に跨がった黒髪の、そして同性の青年は何の前触れも無く口を開いた。恋人同士のような雰囲気でもなく寧ろこの体勢から互いに寝首でも掻いてやろうかとすら思っていそうなのにも拘わらず、臨也の着衣の乱れがそんな考えを簡単に別の方向に転換させてしまう。しかし例えそれを指摘した所で、双方に真っ向からの否定を受けることは明白なのだが。
「誰もテメェにゃ言われたくないだろうがな。」
「それ、昼間も同じような事言われた、ン、っ」
薄く笑った臨也の頭を少し乱暴に引き寄せて、痂になりかけた耳の傷に唇を近付ける。身を離そうとする素振りはパフォーマンスなのか力に勝てはしないと早急に諦めたのかどちらにせよ長くは続かず、弱く唇を噛んで声の漏れるのを邪魔させた。静雄にとっては相手方の気持ち等は知ったことでは無く、ただ味蕾と嗅覚に感じる微かな鉄の風味に軽く目を伏せる。界隈で噂される恐ろしい、というイメージとは反対の、(サングラスをしていなければ尚更)端正な顔立ちが浮き彫りになっており、きっとそこらのチンピラが見たなら驚くに違いない。最も、そんな機会などが訪れないのは明白なのだが。
「これ付けられた時にか?」
「当たり、…ちょっと、触んないでよ、」
「触ってねェよ。」
舐めてるだけだ、なんて屁理屈を口にしつつ、舌先がまるで他人に付けられた傷を塗り替えるかのようにゆっくりと上下に動いた。痂に行き当たる幾度示される微かな反応を横目にちらりと視界に入れながら、更に動きを性的な物に変える。既にそれは傷を舐めるというよりは耳への愛撫に近く、窪まりに挿し込まれたねっとりとした感覚に臨也が思わず身震いをした。しかし、特に静雄に対して、してやられる事が元より気に入らない性格の為に、誰がされるままになるかと突っぱねるべく何事も無いかのように世間話でもする体で口を開く。
「まさかボールペン突き刺して来るなんて考えないでしょ、普通。」
「人の腹にナイフ突き刺す奴の言う台詞じゃねェだろ。」
「あれはシズちゃんへの憎しみが抑え切れなくなった結果だから仕様が無いんじゃない?しかも一般的な常識じゃ有り得ないことに、失敗したからね。」
「殺すぞ。」
「やだ、こわあい。」
ぶりっ子も顔負けの甘ったるい声色で肩を竦めた臨也に、気分が乗らないとでも言うように静雄が先までぴったりとくっ付いていた身体を離して互いに顔を見合わせる。全体を通して湿った耳殻に自らそっと触れながら、目の前に居る相手を品定めするような、胸に一物含んだような笑みを作った。寧ろ静雄の怪訝そうな表情を見て喜んで居ると言っても過言では無さそうな様子で、一筋縄ではいかない面倒臭い関係性がそこにも顕著に現れていた。それでこそ均衡を保っている、とも言えるのだが。
「でも、ちょっと興味出たかも。」
「何に。」
「竜ヶ峰帝人君に。ちょっとっていうか…もっと?」
「どっちにしろ知るかよ、んなの、」
静雄が数時間前に自分と帝人の間で何があったのかを知っていようが知らぬまいが関係無い、とでもいって半ば独り言めいた言葉を口にした臨也に対し、ぶっきらぼうに一蹴したかと思うとそれ以上何も続けないままただ無言で再び唇を白い肌に近付ける。微かに互いが触れた直後、遠慮無く首筋に突き立てられた歯に臨也の身体は思いがけず大きい振れ幅でびくりと跳ねる。本当に肉が破られるんじゃないか、と考えてしまう位の力に耐え兼ね同じく容赦の無い力で金髪を思い切り反対方向に引っ張った所で、漸く痛みが引いた。自然と目尻に涙を滲ませながら、流石に平静を装うには限界を超えたように静雄の肩に爪を立てる。
「ッ、馬鹿でしょ、ケモノじゃないんだから…。てかなに、もしかしてさ、シズちゃん嫉妬でもしたの?」
「黙れよノミ蟲、」
「…へえ、嫉妬出来るだけの頭あったんだね、シズちゃんにも、…ん、ぅッ」
更に言葉を発するのを遮って、何の前触れも無い噛み付くようなキスが臨也を襲った。酷く乱暴なソレは舌も相俟って次第に深いものへと変化して行き、大きな掌により逃げる術を奪われた頭が酸欠を起こしそうになる。ようやく解放されたかと思えば短い息継ぎの後また唇を塞がれ、エネルギーが常に不足している状態に陥ってしまう。最終的に自由を与えられた時には肩でゼイゼイと息をしなくてはならない程で、潤んだ瞳で静雄を睨み付けながら当てつけがましく口元を拭った。
「っは、…は、最、悪」
「手前がふざけた事言ってっからだよ、死ね臨也。」
「…っ、事実を述べたまでじゃない。」
勿論図星だった故の行動だろうが、それでもしかし認めはしない。重箱の角にはいくらでも突く所は有り得るにも拘わらず、面倒なのか確信犯なのか、敢えて静かにゆっくりと一度瞼を閉じただけで更なる言及を取りやめる。視線の交差を合図とするように重心が臨也へと移り、気遣いの無い動作の為にか多少の鈍い音を伴って床と背中が合わさった。口には出さないものの、咎めるように臨也の眉間に一瞬シワが寄る。
「テメェは大人しく喘いでさえすりゃ良い。」
「へえ、大人しく、どうやって喘ぐのさ、…ッぁ、」
「一々煩ェ。」
服の上から胸元を弄る荒い手付きに思わず口から予期せぬ音がこぼれ落ちた。仕返しのように静雄自身を膝で刺激し、まるでセックスと云う名の喧嘩状態になりながらも両人共にひたすら快楽に身を任せる。何が快感なのかも覚束ない浮ついた意識の中で、あの少年は一体どういう風に男を抱くのだろうかと不意に臨也の頭を過ぎった考えが、何故かいつまで経っても離れようとはしなかった。
(しょうがないから、暇潰しに遊んであげても良いよ、…帝人君。)
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この二人は好きとか嫌いとか、そういうのじゃない気がする。
書いてて自分が一番よく分かっていませんすみません。そして帝臨フラグ。
最終的にシズイザと帝臨のどちらに落ち着くべきかを誰か教えて下さい、コレ。
作品名:独占欲 作家名:すぎたこう@ついった