香りの魔法
「気を引く!? だんなもそんな努力すんの?」
セフィロスさんは憮然とした表情で、腕を組んだ。
「努力したら悪いのか?」
「いや、違うよ。だんなだったらそんな努力しなくても良さそうだし。な、クラウド」
「えっ、あっ、あの…」
とっさに言葉が出てこない。
「で、気を引こうとしてる相手は誰だよ」
口ごもっている俺に助け船を出してくれたザックスの言葉はいきなり核心をつくものだった。
「お前に言ったらミッドガル中に広まりかねん」
「心外だな。俺は口は固いぜ」
ザックスは、自分の口の前で、横にジッパーを閉じる振りをした。
「それに俺は協力は惜しまないぜ」
ニコニコ笑っているザックスにセフィロスさんは、悪くないか、と頷いた。
ザックスに協力仰ぐセフィロスさんなんて、始めて見たよ。
そんな必要全くなさそうなんだけど。
「この香りが好きだと言った奴がたった一人いてな…」
セフィロスさんはまたも一瞬だけ俺に視線を移した。
「そいつが、気を引きたい相手?」
「そうだ」
…お、俺、そのバニラの香りが好きだって言ったけど…。
まさかな。まさか、そんなわけないよな。
俺は心の中に沸き上がった確証のない期待を一生懸命打ち消していた。
「相手がそう言ったってことはわかったけど、それが誰なのかは、俺には全くわかんないんだけど?」
「それは、また教えるさ」
「それじゃ、協力出来ねぇよ!」
ザックスはセフィロスさんに食いついて、何とか聞き出そうとしている。
「…相手がこの魔法にかかってくれてるのが、わかればいいんだがな」
セフィロスさんは俺に向かって笑顔を見せてきた。
セフィロスさんがこんな穏やかな顔をするのが見られるなんて、俺、幸せ…。
「…ふーん。そういうことか!」
ポンっとザックスが急に手を叩いたので、現実から逃避しかかっていた俺は強制的に現実に戻された。ザックスの表情を伺うと、俺の顔を見てにやにやと笑っている。
「ザックス?」
「だんな、一肌脱ぐぜ!」
ザックスは俺の呼びかけに答えないで、セフィロスさんに片目を閉じている。そんなザックスの言葉を受けて、セフィロスさんは少しうれしそうに口元を緩めた。
「ザックス、恩に切る」
セフィロスさんはそう言うと、何事もなかったように立ち去ろうとした。
「セフィロスさん!」
何が何だかわからないままだったから、思わず呼び止めてしまったものの、何を言うつもりだったんだ、俺ってば!
「…クラウド?」
うわー、何を言ったらいいんだろう。
もっとお話したいです!
……いやいや。こんな廊下で立ち話させてどうするんだよ。
えーっと、えーっと……。
「だんなー、こいつ、もう、魔法にかかっちゃってるかもよ?」
黙りこんでしまった俺の頭の上でザックスの声が響く。
こいつ?
こいつって俺のこと? え? セフィロスさんが気を引きたいのって、え? ええーっ!?
うわー、頭の中が整理できない!
血液逆流だよ。沸騰しそうだし、ザックスってばなんてこと言うんだ!
「そうだといいがな。ま、焦りはしないさ」
「案外、あっさり事が運びそうな気はするんだけど」
「では、そうなるように祈っておいてくれ」
足音が遠ざかっていく。セフィロスさんはこの場を立ち去ってしまった。
結局、俺は何も言えなかった。
「だんな、行っちまったぜ」
「……俺……、とっくに魔法にかかってるよ……」
「クラウド?」
確かに香りの魔法にもかかってる。
だけど、セフィロスさんに初めて会ったその時に、とてつもない魔法にかけられてるんだ。
「セフィロスさん」っていう魔法に。