LUKEWARM
曰く、グラハム・エーカーが死んだ、と。
僕は何を言われたのかすぐには理解することができず、ただ曖昧な表情で彼を見返すばかりだった。
グラハム・エーカーというのは、この数年僕がほとんどの時間行動を共にしていた男の名前だった。元MSWADのエースパイロット、元オーバーフラッグス隊長であり、そしてその後、世界で一つしかないGNフラッグを駆ってガンダムに対抗せしめた男。無謀と無理と非常識と尋常じゃない根性を美しい金色の髪と整った顔でオブラートに包んでいるような人物は、かつて僕と志を共にした同志であり、探求心と復讐で結ばれた盟友だった。
「すみません、何のことでしょうか」
ベッグユアパードン、と丁寧に僕が返せば、叔父は同情的な吐息を吐き、君の気持ちはわかる、と囁くように続ける。落ち着いたその声は危機的状況で聞く部下にとっては非常に安心できるものだっただろうが、控え目に言って僕はわずかな苛立ちすら感じていた。
「不幸な事故だった」
「事故ですって? あのグラハム・エーカーが?」
「バスが道に乗り上げたのだ、ビリー」
そこから、どうやって叔父との通話を切り上げたのかは記憶がない。気が付けば僕はブラックアウトした画面の前にぼんやりと座っていた。しばらくして、この話が事実ならば誰かに知らせなければ、という考えが頭に浮かび、しかし、すぐに僕と彼の共通の友人の多くは既に亡くなっていたことを思い出す。
グラハムは部下や仲間の誰かを失う度、普段は節度をわきまえるアルコールを溺れるように飲んだ。そうして僕らは誰かを失う度、儀式のように黙々と酒を飲み決意を新たにしてきた。その彼が死んだとしたら、僕は誰と酒を飲み、彼の死を悼めばいいのだろう。途方にくれるような思いで、まるでそこから答えを読み取ろうとするように真っ黒の画面をながめていると、遠慮がちなノックと共に声がして、クジョウがドアの影からこちらを覗いた。
「ビリー?」
僕の名前を呼ぶ振動で、波打つ髪が肩にかかって揺れている。薄い色をしたシャツはそれまで眺めていた画面とのコントラストで鮮やかに映り、僕はほんの少しだけ目を細めた。
「大丈夫?」
「何がだい?」
「随分と長い間、部屋から出て来ないから」
「ごめん、ちょっと考え事をしていたんだ」
驚くべきことに、僕はいままで一度だってその可能性を考えてこなかったのだった。友人であり、そして僕の作る機体にとってもかけがえのないパイロットであるグラハム・エーカーが、戦場ではないどこかで命を落とすことなど、想像すらしなかった。それどころか彼はきっと空か宇宙のどこか、僕の手の届かない遠いところで死ぬのだろうとずっと思っていた。彼の帰りを待つ僕の元へ誰かがやってきて、まるでその日の天気を告げるようにあっさりと、彼が死んだと、言われるのだろうと。
「ちょっと、予想外のことがあって、驚いてしまって」
「あなたでも驚くことがあるのね」
「君は僕を何だと思っているのかな」
僕が苦笑混じりに彼女をみれば、彼女は小さく肩をすくめてみせる。
「でも、私がここにきたときも、あまりおどろかなかったわ」
「それは、」
理由など、何でもよかったからだ。彼女が他にいくところがない、と僕を頼ってきたこと、それが嬉しくて、そのほかのなにもかもが気にならなかった。
とても辛いことがあったというクジョウは、ふさぎ込みがちでアルコールを飲んでばかりいたが、それでも、そんな姿を僕に見せていることが心を許されている印のようで、薄暗い独占欲のようなものを満たす。僕のものにならない彼女が、誰のものでもないことで、僕は一定の満足感を得ていたのだ。
「僕のところに来てくれて、嬉しかったから」
「他にいくあてなんてないもの」
もう一度、肩を竦めて寂しそうに笑う。ドアの陰から一歩、部屋の中に入る彼女は、珍しくあまり飲んでいないようだった。
「あなたは、大丈夫?」
大丈夫だ、と、僕は答えられるはずだった。少なくとも、答えるつもりだった。しかし開いた僕の口から、その言葉は音にならず、代わりに彼女を見上げて肩をすくめた。
ゆっくりと近づいてきた彼女が僕の肩に触れる。その温もりにようやく僕は人心地がついて、大きく息を吐き出した。