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ゆびさきストロベリー

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まどろむ寸前の4時間目終了、のチャイムで覚醒した俺は、いつも一緒に昼飯を食う国木田と谷口にちょっと、といって弁当包みではなく、大振りのランチバッグを下げて教室を出た。そのまま校舎を移動して普段この時間には行かない場所に向かう。目指すはお馴染みの場所だが、さてこの時間に誰かいるかどうか。
包みだけでは納まらずにバッグまで引っ張り出して持ってきたのは弁当と、デザートというレベルを大幅にオーバーした大量のイチゴ。昨日親戚から送られてきたものだが、そのあまりの量に“皆で食べなさい”と持たされたものだ。教室で食べなかったのは、その量の多さと『男子高校生がイチゴを食らう図』を晒す勇気がなかったからだ。自分が第三者だったらうわあ、と思うしな。
部室ならもしかしたら長門か、運が良ければ朝比奈さんに会うこともできるかもしれないし、まあ誰もいなければ冷蔵庫に入れておいてあとで皆で食うのでもいいな、と考えたのだ。ハルヒが目ざとく見つけるかもとも思ったが、あいつはチャイムが鳴ると同時にどこかにすっ飛んで行ったので、幸運にもイチゴは発見されなかった。
旧館3F、いつもの扉を軽くノックする。万が一朝比奈さんがお着替えなどされてるところに踏み込むのは避けたい。
「どうぞ」
ところが返ってきた返事は意外なやつからだった。
「おや、珍しい。どうしたんですか?お昼は教室で、だとばかり思ってましたが」
「珍しいのはお前の方だろう。何でここに?」
そこまで聞いてなんとなく理由が分かった。いつものにやけ面に今ひとつ精彩がなく、色素の薄い眼もどことなくぼんやりしている。俺みたいにうららかな陽気だからぼーっとしてる、ってんでもないんだろう。多分部室には、少しうたた寝でもしに来たに違いない。
「…神人退治、大変なのか。ハルヒの機嫌はそう悪くないみたいだが」
「いえ、そちらの方はここのところほとんどお呼びはかかってないですよ。むしろ組織への報告ですとか会議の方が多いですが」
胡散臭いというよりも曖昧な、という感じの笑みを貼り付けてはいるが、どうにも精神的な疲れを隠しきれてない。これはよほどしんどいんだろうな。
「で、昼は食ったのか?」
「あ、いえ…なんとなく食欲も湧きませんので」
おいおい、そんなんで大丈夫なのか。男子高校生といえば胃袋がクラインの壷に通じてるのがデフォだろ。ましてやお前はあんな非日常的運動してるんだから、人より多く食っても驚かないぞ。長門やハルヒを見ろ、あの身体のどこにと思うくらい食ってるじゃないか。
「これも涼宮さんのイメージに沿った設定なんですよ」
またハルヒのイメージキャラ設定か。
お前いい加減疲れないか、と口に出しかけて黙り込む。多分言ってもこいつはまた掴みどころのないイケメンスマイルではぐらかすのがオチだろう。だったら何も言わずに何かした方がこいつのためなんだろうな。
「ほら、これくらいなら食えるだろ」
バッグの中からごとり、とやたらでかいタッパーを出して古泉の目の前に置く。おお、驚いてる驚いてる。
「…イチゴ、ですか?またずいぶん沢山…」
「親戚から大量にもらったんだ。近所にお裾分けしてもまだ余っててな。ああ、全部食べろとは言ってない、適当に摘め」
「はあ…では、お言葉に甘えて」
「言っとくが練乳とかはないぞ、そのままで食え」
「そこまで贅沢は言いませんよ、ないのは残念ですが」
何だお前、甘いの好きなのか。そいつは知らなかった。
「…涼宮さんには内密にお願いしますね。これも」
「イメージ作りって訳だろ、分かってる」
一瞬の苛立ちの後、心を占めるこの感情に付ける名前が分からない。多分一番近いのはやるせなさ、なんだろうか。
波打つ心のままに弁当を食べ終え、手を合わせて弁当箱を片付ける。見れば食欲がない、と言いつつも古泉の手元のティッシュには、そこそこの数のヘタが乗っていた。結構結構。
「甘くておいしいですね」
「今が旬だからな。俺ももらうぞ」
しかしイケメンは何やってもこっちがイヤになるほど様になるな。俺がイチゴ食ってるところを見られたらわあキモい、でおしまいだろうが、こいつは同じことしてても、なんかのグラビア雑誌の1ページを飾る絵面になる。うらやましいことだ。
赤いイチゴを摘む指、きれいに整えられた指先がヘタをむしる様、形のいい口にイチゴが消えていく。こちらもイチゴを摘みながらなんとなく見てるつもりだったが
「あの、何か…」
「え?」
「いえ、あなたがこちらをじっと見てらっしゃるので…気になりまして」
思ってる以上にガン見してたらしい。
「べ、別に何でもねえよ」
そっぽを向きながらイチゴに手を伸ばしたら、こつりと硬い感触があった。え、と思って視線を戻せば、古泉の爪に俺の爪が当たっている。
触ってた時間は客観的には1秒もなかっただろう。が、頭の中身は白ペンキぶちまけられたように何もかもすっ飛ばされる。直後、雪崩を打って血が上ってきた。耳たぶも頬も、真っ赤になってるのが自分でも分かるくらい熱い。
我に返ったのは座ってた折りたたみ椅子を倒した音でだった。何やってんだ俺、そんなキャラじゃないだろ!笑い飛ばそうとしたのに、舌は乾ききって口の中に張り付いたままだ。どこを見たらいいのか分からないまま視線を彷徨わせていたら、色素の薄い瞳が視界の真ん中に来た。ああ、古泉の目か。
と分かったらまた血が沸騰した。ヤバいヤバいヤバい!何でこんなになるんだ俺!
今口を開いたら絶対叫びだしちまう、そう思って自分の口を両手でふさいでしゃがみ込む。もう顔も晒せなくなって、口をふさいだままその場に座り込んで、立てた膝の上に顔を伏せてしまう。頼む、頼むから見てくれるな、今の俺はおかしいんだ、このまましばらく放っといてくれ。
俺の願いが通じたのか、そのままの状態で部室の時が止まった。…あれ。
こういう時いつもなら、どうしたんですかとか何とか、当たりのいい笑顔を浮かべた古泉が声掛けてくると相場が決まってるもんだが、あっちの反応が何もない。
そろりそろりと顔を上げて、あいつの様子を伺う。この姿勢だと椅子に座ってる下半身しか見えない。倒した折りたたみ椅子を避けて、机の天板の陰から顔半分出して様子を探る。
…古泉、お前机に突っ伏して何やってるんだ。気分でも悪いのか?ああ、そりゃ気分も悪くなるよなあ、男の指先が触ったなんて。俺は何でか、ものすごく動揺したけど。
「…どうしてそういうこと言うんですか。気分なら…いえ、平気ですよ」
その割にはお前、顔真っ赤だぞ。疲れてたみたいだし、熱でも出たか?
「あなただって顔、赤いですよ」
言われて今の状態を思い出した。立ち上がれなくなって、机の陰に隠れるようにまた座り込む。5時間目の予鈴が鳴らなかったら、多分ずっとそのままだった。
予鈴を潮に、もそもそとその場を片付け、イチゴのタッパーを冷蔵庫に入れる。その間俺は下を向きっぱなしだった。古泉は、見てないから分からないけど多分同じだっただろう。
「…では、また放課後に。イチゴごちそうさまでした」
「…お、おう」
古い機械をムリヤリ動かしたみたいにギクシャクした動作で、とにかく一刻も早く、早くと思いながら逃げるように教室に帰った。実際あれはあの場から逃げてたんだが。
作品名:ゆびさきストロベリー 作家名:えてこ