湿度と髪の問題点
湿気でうねる髪を四六時中気にしてはしかめっ面で鏡を覗き込んでいる。
爪の伸びた指先で前髪を真剣に整えて、きっちりとヘビの良しとするスタイルにセットする。
『よし、決まった』
とばかりに頷くと今度は右サイドの髪がぴょこんと一房飛び出てしまった。
僅かに浮かべた笑顔を一瞬で消し去って、またヘビの眉間に皺が寄る。
机に置いてあるハードワックスを手に取って、今度は慎重に。
ヘビに一向に構ってくれないまま時間が過ぎる休み時間に焦れて名前を呼ぶも、邪険に片手を振られるだけ。
どうせ部活になれば崩れるし、今だって誰も特別見ちゃあいないのに。
言えば絶対にキレるから言わないけれど。
オレの相手もしてくれたっていいじゃん?
手持無沙汰でワックスと一緒に置いてあるスプレー缶をこてんと倒してみれば「触んなバカメレオン」なんて無情に一蹴。
やっぱり今日は機嫌が悪い……にしたってその呼び方は無いんじゃないか。
ムカっときてさっき言うのをやめようと思った言葉が口をつく。
「どうせ部活で崩れるじゃん」
「部活でも崩れない様にセットしてんだよ」
「そんな細かいとこオレしか見ないよ」
「うっせえなあ、誰も見なかったとしても……あ?なんつった?」
「ヘビがそんな一生懸命セットしてもオレしか見ないだろって言ってんの。無駄だろそんなもん」
売り言葉に買い言葉。喧嘩したい訳じゃないのについキツくなってしまった語尾に更に苛々。
なんだよ。オレよりも前髪のが大事かよ。なんて。くそっ。
ヘビは本気でキレちゃったのかオレの言葉になんのリアクションも取らずに無言で鏡と椅子をガタガタ動かしてオレに背を向ける。
そのままヘビは不毛な髪弄りを続けて、オレはぶすくれたまま段々変化していく後頭部をただじっと見ていた。
やっとのことで髪の毛が纏まると、オレが先程倒したスプレーを頭に満遍なく噴射してきっちりと固める。
スプレー独特の匂いをオレは下敷きでぱたぱた仰いで拡散させる。席が窓際で良かった。
出来栄えをチェックするヘビの肩越しに鏡を覗き込む。
ああ、確かに、こっちの方がいいかも。もっさりしてないし、いつものヘビだ。
「レオン、どうよ」
鏡の中でヘビの金色の目と視線が合う。言葉少なに投げ掛けられる掠れた声に便乗して「かわいい」と一言だけで返す。
ヘビはかっと顔を赤くして「“かっこいい”だろうが!」とスプリットタンの舌を覗かせて威嚇してくるが、オレにとってそれは誘っているようにしか映らない。
「……まあ、レオンがいいなら、いい」
ぽつりと呟かれた言葉にこっちまで赤くなってしまって、オレは机に突っ伏す。
此処が教室でなければその二つに割れた舌に今すぐ咬みつけるのに。
苛立ちから性欲に変わったヘビに対する感情を再びスプレー缶にごつんとぶつける。
ヘビから非難の声が上がるが全く以て気にしない。全部お前の所為なんだよ。
頬の赤みが取れないままこれ高いんだぜ、なんてぶつぶつ文句を言いつつワックスやスプレーを鞄に仕舞うヘビを横目で見ながら、この真っ赤になった顔が早く机の色と同化しないかと額を机に擦りつけた。