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無いモノねだりの独り言

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無い物ねだりの贅沢者は、今日も焦がれて一人きり。


「竜ヶ峰。」
「こんにちは静雄さん。」

本屋へ漫画でも探しに行こうと一人でぶらぶらしていた休日の午前11時。落ち着いた声でやたら壮大な僕の名前を呼ばれた瞬間、僕は休日を外で過ごすことに決めた1時間前の僕自身に感謝した。声に誘われるままくるりと身体を反転させれば、今の僕の頭の中の大部分を占領している人が缶コーヒーを片手に立っていた。ちなみにその缶コーヒーは微糖で、それを確認して勝手にほわりと暖かい気持ちになった。静雄さんは辺りに少し目配せすると、ホッとしたように僅かに顔を緩ませて僕に近寄る。

「一人みたいだな。」
「はい、ちょっと買い物に行こうかなって。静雄さんはお仕事ですか?」

静雄さんはいつもと変わらずバーテン服を着ているが、この人の場合それが日常であるので、服装からオンオフが計れない。加えて、取り立てという特殊な仕事上休日だからといって仕事が休みだとは限らない。せっかく会えたのだから、できれば長く一緒にいたいと思うけど、仕事中ならば邪魔したくないとも思う。だから僕は静雄さんに会うたびにこう尋ねている。聞かれた静雄さんは、審判を待つ受刑者気分の僕など知るわけもなく、あっさり答えてくれた。

「いや、今日は休み。冷蔵庫空だったから買い物にな。」
「あ、僕もそんな感じです。せっかくだから一緒に行きませんか?」

嘘。本当は昨日買い物に行って冷蔵庫の中身は結構ある。

「なら、先に飯でも食うか。この間の詫びに奢る。」
「え、いいですよ。詫びって言っても僕はなんともなかったんですから。」

僕が遠慮すると、静雄さんは罰が悪そうに顔をしかめた。

この間、僕は静雄さんと命知らずの不良との乱闘に偶然居合わせた。本当にただ居合わせただけで、飛び交う重量を無視された無機物も吹き飛ばされた人も僕に向かってくることはなかった。完全な傍観者だった。だから、あの後僕に向かって言った静雄さんの謝罪はおかしい。

むしろ、僕は楽しんでいたのに。喜んでいたのに。

人が飛ぶ。コンクリートが割れる。地元ではおおよそ体験できなかった特別な非日常。
間近で、あなたのあの姿が見られたから、あの表情が見られたから。興奮してその日はなかなか眠れなかった。

僕はうれしかったのに。

あなたは僕を見た瞬間、泣き出す子供みたいな顔をした。


「学生なんだから奢られとけ。」
「そういっていつも静雄さんに奢ってもらってる気がするので、今日は譲りません。」
「そこは譲れ。」
「譲らないですよ。」
「・・・・・譲れ。」

拗ねたようにそっぽを向いて聞こえるか聞こえないかのボリューム。しかし、僕が静雄さんの声を逃すはずもなく、僕の耳はしっかりとその呟きを拾った。

「もうジャンケンで決めましょうか。」

本音を言うと別にどちらでもいい。奢ってもらうのは嬉しいし、それに対して申し訳ないと思っているのも本当。これは、僕のワガママ。僕だけに向けられた静雄さんの声を聞きたいから会話を延ばしているだけ。

「お前変なとこで頑固だな。」
「静雄さんといい勝負だと思いますよ。」

はあ、とため息をついて困ったように静雄さんは笑う。

グシャリ

「え、」
「っんの野郎、また性懲りもなく現れやがってっ!」

すぐ耳元で聞こえた音は、缶コーヒーが握りつぶされた音。わずかに残っていた中身が握りしめられた拳を伝ってポタリとアスファルト上に落ちる。テレビで見る血痕みたいに地面で広がって、でもそれは血じゃない。ただの微糖のコーヒー。

名前を呼ぶ暇なんてなくて、あっという間に静雄さんは走り去って行った。一度も僕のことを振り返らなかった。今、静雄さんの頭の中はたった一人のことだけで埋め尽くされている。買い物も、お昼も、ジャンケンも、・・・僕のことも全部吹っ飛んで。

「・・10分ぐらい待ってようかな。」

このまま帰るのは癪だった。




10分以上経った。

「というか、もう30分経ってるんだよね。」

一人寂しく隣に佇む自販機に話しかけても、答えは返ってこない。そんな期待もしていない。残り少ない微糖のコーヒーを飲み干した。

悔しいのか、腹立だしいのか、わからない。

たぶん全部。

静雄さんへなのか、臨也さんへなのか、自分へなのか

きっとみんな。

「早く戻ってこないかな。」

来てくれるかもわからない。


臨也さんは、あんな目で捉えられて、あんな声で名前を呼ばれて、なんで生きてられるんだろうか。通りすがっただけの僕みたいな一般人が心臓を握りつぶされるくらいに感じたあの一瞬をあの人はずっとずっと向けられているのに。

静雄さんが僕にくれないもの。

臨也さんにだけあげるもの。

そこらへんの不良にあげるものとは違う。

もっとずっと強烈な、

きっと僕は死んでしまうぐらいの、それぐらいの、

「今日は、奢ってもらおう。」

スチールの缶は僕がどんなに力を込めても、曲がりも、歪みも、へこみもしなかった。

当然だけど。
作品名:無いモノねだりの独り言 作家名:がーと