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愛の実を召し上がれ

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愛の実を召し上がれ





「あっちゃー!降ってきてもうたなあ」 

下駄箱に向かう途中の渡り廊下で、重い雲から雨を落とし出した空を見て、アントーニョは足を止めた。
つられて立ち止まった菊も「ああ…」と声を漏らす。

「どないしよう? 菊は傘持ってたりせえへんよな?」 

肩を竦めてそう問いかけてくるアントーニョに、菊も申し訳なさそうに頷く。

「ええ…。置き傘があったのですが、先日使ったまま家に置いて来てしまいました。すみません」 

「そか」

菊とアントーニョは、共通の友人を通して知り合った。
クラスは違うが何となく気があって、以来、時折タイミングが合うとこうして一緒に帰る。 

「走って帰るって手もあるけど、俺、濡れるのはあんまし好きと違うし」
「そうですね…」 

うーん、とアントーニョは何か考え込んで、それから「そや!」と威勢良く言って顔を輝かせた。 
「部室でちょう時間潰してから帰らん? 雨やどり!」 


「さ、入って入って」 

アントーニョは、園芸部の部長をしている。
部室の鍵を開けた彼に促されて中へと入ると、中央にホワイトボードとテーブルがある以外は、土の袋や園芸用の道具が置かれているだけで実にシンプルな部屋だった。 

窓際には外にも内にも幾つか小さなコンテナがあって、緑の葉が生き生きと生い茂っている。

園芸部は中庭の花壇の他に校庭の隅に小さな畑を持っているが、その他にこちらでも栽培しているらしい。
雨は相変わらず止む気配を見せず、窓ガラスに幾つも水滴が付いては流れて行く。

席を勧められ菊が腰を下ろすと、アントーニョはそのまま窓際まで行き、窓を開けた。
そして白いプランターの側にしゃがみ込むと「お、いい感じやな~」と嬉しそうな声を上げる。 
「菊、見てみ、真っ赤なトマトちゃんやで!」 

まるで子供のように緑色の目を輝かせている彼に手招きされ、席を立って近寄ってみる。
アントーニョの隣りにしゃがんで示された先を見ると、緑の葉の中に丸く赤い実が生っていた。 
「本当だ。綺麗なミニトマトですね」
「ごっつ可愛らしいやろ? 俺が手塩に掛けた美人さんや」 

アントーニョはそう言うと、一度立ち上がってハサミを持ってきた。
そして、大切なものを扱うような手つきでそっとミニトマトのヘタの部分を切り落す。
「ほれ、菊。美味いで」 

そして、手のひらに受けた実を隣りの菊にさし出した。 

「え…でも私は部外者ですし…」 

「ええから、食べてみて。トマトも菊に食ってもうたら幸せだ思うし」 

よく分からなかったが、そういうアントーニョがとても優しい顔で笑っているので無下にもできず、菊は有り難く頂戴する事にした。

「では…お言葉に甘えて」 
ヘタの部分を摘んで口に入れる。
歯で噛むと張りのある表面がプチンと弾けて、瑞々しく爽やかな味が広がった。思わず菊の顔が綻ぶ。

「美味い?」 

アントーニョが顔を覗き込んで来る。
咀嚼しながら何度も頷くと、「そか」と目を細めて笑った。 

「じゃあ、俺も味見させて?」 

その言葉の意図がよくわからなくて菊が返答できないでいると、アントーニョの顔が眼前に迫る。
驚いて身じろぐ菊の肩を、後ろから回された見た目より力強い腕がそっと抱き寄せて、そのまま唇に暖かいものが触れていった。

「ごちそうさん」

あまりのことに固まったままの菊の瞳の中で、猛禽類のように光る緑色の目が、笑った。
作品名:愛の実を召し上がれ 作家名:青乃まち