卵かけごはんの作り方/銀魂
朝の訪れに歌う鳥たちの声が聞こえ始めてしばらくたった頃、万事屋の朝は始まる。
いつもよりだいぶ遅めにセットした目覚ましの音を止めて、新八はううんと背伸びした。あくびをしながら起き上がる。目をこすりながら隣の布団に寝ている銀髪に目をやり、銀さん、と声をかけた。
銀時は目覚ましの騒がしい音も聞こえなかったかのようにすうすうと寝息を立てている。新八は畳の上に置いておいたメガネをかけると、布団から抜けて銀時の肩を揺らす。
「銀さん、起きてください」
「……んあ…?」
銀時が薄く目を開けるのを見ると、新八は自分の布団をたたみ、居間へのふすまを開ける。
昨日の晩セットしておいた炊飯器から飯の炊ける匂いがする。居間から台所へ進むと、寝巻きのままの神楽がオタマを持って立っていた。その頭は寝癖だらけだ。
「あ、神楽ちゃん。おはよう。ちゃんと起きられたんだ」
「おはよーアル。嫁は誰よりも先に起きるアル。私、鬼嫁ネ」
「…お嫁さんは自分で鬼とは言わないよ」
今日の朝食の当番は神楽だった。料理など一切できなかった彼女だったが、新八がちょっとずつ教えたおかげで味噌汁だけは作れるようになっている。
新八はまな板の上の油揚げを眺めながら神楽の後ろを通り、隣にある洗面所で顔を洗った。
――今日の味噌汁の具は油揚げか。
けたたましい音を鳴らすヤカンの火を神楽が止める。それを手伝って新八は魔法瓶のポットへと沸騰した湯を移し入れた。
神楽が炊飯器をあけると、もあもあと白い湯気と白米の甘い香が立ち昇った。炊き立ての白い飯を神楽が茶碗によそっていく。白い湯気ともに聞こえる神楽の鼻歌に笑って、新八は渡された三つの茶碗など乗せた盆と、湯の入ったポットを居間に運んだ。
居間では鼻をほじりながら銀時がテレビを見ていた。ひざの上には新聞が広がっている。
盆をテーブルに置き、茶碗と卵の入った皿、箸をいつもの場所に並べていく。並べ終わると、急須に茶葉をいれポットから湯を注いだ。三人の湯飲みに茶をいれる。
「ミソ汁できたヨー」
神楽が味噌汁をそれぞれに配る。桜の模様が入った赤い汁椀は神楽、金色の線ともみじの絵柄のついた黒い汁椀が銀時と新八のものだった。箸も飯茶碗も似たようなものである。
本日の朝食。飯、味噌汁、生タマゴ。それに自家製の浅漬け。
神楽が当番時のよくある献立だ。
三人そろったところで食事が始まる。
「おい神楽、せめてタマゴ、目玉焼きにしてくれよ」
「あーハイハイ。嫌アル」
「ちょ、今のハイハイは何ですか?!」
「生タマゴ食べれらないなんてこの先苦労するアル。修学旅行とか」
「この歳で修学旅行なんていくか!」
「いいじゃないですか銀さん。卵かけご飯おいしいですよ」
新八は言いながら卵を割る。
「いや、俺も好きだけどね。いい加減あきたんだよ」
「焼くなら自分で焼けヨ」
神楽が箸で飯の真ん中に穴をあけながら言う。
「…ったくよォ。最近お前ら銀さんに冷たいんじゃねぇ?」
銀時はすねたように口を尖らせて、白い器に卵を割った。
単に卵かけご飯といっても作り方は様々だ。新八は穴をあけた飯の穴の上で卵を割るが、神楽と銀時は一度容器に卵を割り入れて醤油とかき混ぜてから飯にかけるやり方をしていた。
穴の中に入った卵に醤油をたらし、新八は箸で黄身をつぶしてかき混ぜる。そんな様子を卵をかき混ぜながら見ていた神楽が思いついたように言った。
「私、子供の頃どうして卵かけるときご飯に穴あけるアルカ? ってマミーに聞いたネ」
「ハハ、僕も父上に聞いたことあるよ」
「そしたら、マミーも同じこと親に聞いたって言われたアル! 知らず知らずのうちに代々受けつがれてきたアルヨ〜。穴あけご飯は伝統の技ネ」
神楽はそう言って笑顔でかき混ぜた卵を伝統の穴に流し入れた。
「銀ちゃんはどこで習ったネ? ご飯の穴あけ。やっぱ親アルか」
神楽が卵かけご飯をすすりながら聞くと、銀時はふっと笑った。
「…穴なんてな…」
にたりと笑ったまま銀時は穴をあけずに卵をかけた。
「げッ!」
そして、茶碗から溢れてこぼれる卵。
「ワーッ!」
「わっ! 銀さんなにやってるんですか! ふきんふきん!」
バタバタと新八は台所に走っていく。
「あー、あー、も〜このコはー。もったいないでしょ〜」
「なんなんだよ、そのキャラは」
「馬鹿な息子にあきれる鬼嫁アル」
銀時が持ち上げる椀の下を新八がふきんで拭き取る。
「穴あけなんか意味ねぇと思ったんだけどなー」
「伝統を無視するからネ。もう卵ないヨ」
「げっ、マジでか!」
掃除し終わって新八が腰を落ち着ける。
「どれくらい昔の祖先が発明したアルかねっ、新八?」
「えっ、まだその話続いてんの?」
今日も平和だった。
作品名:卵かけごはんの作り方/銀魂 作家名:ume