約束(AngelBeats!・ひなユイ)
それでも、いつもは違う。もう少しだけ前向きに、やってやるぞ、と意気込むことから始まる。だってお母さんに心配をかけてしまうから。
だけど今日は違う。どうしてだろう。素敵な夢を見ていたような気がする。覚めたくないような夢を見ていた気がする。
ふと、頬が濡れていることに気付く。寝ながら泣いていたみたい。だけど、どうしてだろう。幸せな夢を見ていたはずなのに。どうして私は泣いていたんだろう。
お母さんが気付く前に、元気な私に戻ろう。それから今日は何だか野球が見たい気分だから、この間録画した試合を見せてもらおう。現実の私がそこに立つことはできないけれど、それでも、夢の中の私はあそこに立つことができるんだ。
ちょうど、ある選手がホームランを打ったときのこと。私の部屋の窓ガラスが音を立てて割れた。
「あらあら」
お母さんはとても驚いて、それから私に怪我がないことを確かめると、そんなのんきな声を出した。
テレビでしか見たことのない野球のボールが、ベッドの上に転がっている。それをお母さんに取ってもらって、触ってみる。こういうものなんだ。なんだか嬉しくなる。
やがてチャイムの音がして、お母さんが部屋を出ていく。玄関の方から声が聞こえてきた。男の子みたいだから、ボールの持ち主かもしれない。
そして、お母さんに連れられて部屋に入ってきたのは空色の髪をした男の子。私を見て驚いたように目を開いて、だから私は苦笑して見せた。
空色の髪。綺麗な青。名前は、日向。名前通りの男の子。
どうしてだろう。すごく懐かしい気持ち。太陽みたいな男の子。私は彼を知っているような気がした。
なんとなく彼のことは「日向先輩」と呼んでいる。その方がいいと思ったから。
あれから日向先輩はよく家に来るようになった。初めての友達、って言っていいのかな。私を車いすに乗せて外に連れ出してくれるようになった。お母さんに負担が減って嬉しいのだけど、先輩に迷惑をかけていないか不安にも思う。
沢山話して、先輩が来るのが毎日になって、
私の世界はお母さんだけで出来ていたのに、お母さんと同じくらい、もしかしたらそれ以上に、先輩の存在が大きくなっていった。
だから、甘えてしまったんだと思う。
「ユイは何がしたい?」
先輩はよくこう聞いてきた。最初は困らせるつもりで「ホームラン」と答えた。そうしたら先輩は次の試合で必ずユイの代わりにホームランを打ってやる、なんて笑った。サッカーと言ったら、クラスメイトを集めてサッカーの試合。私も見れるようにって、連れて行ってくれた。
水族館も、乗物に乗れないのに遊園地にも。先輩は全部全部叶えてくれた。
だから、叶えられないことを言ってやろうなんて。
「結婚」
でも無理ですよね。わかってます。ごめんね、困らせて。
私みたいなお荷物を貰ってくれる人なんて何処にもいないって、わかってるから。
今は優しくしてくれている先輩も、いつかいなくなるんだって。
お母さんに負担をかけ続けて、やがて死んでいくんだって。
わかってるから。
「俺が結婚してやんよ」
先輩は真剣な目でそう言った。
「……ユイ、歩けないよ。立てないよ」
「歩けなくても、立てなくても……俺はお前と結婚してやんよ」
それは遠い昔に聞いた言葉。
「ずっと一緒にいてやんよ」
それは、夢の中で聞いた言葉。
「約束、しただろ」
『俺、野球やってるからさ。ある日、おまえんちの窓を、パリーンって打った球で割っちまうんだ』
「……そうだね、先輩」
私は思い出す。
夢の中のこと。私は自由に動けて、それからバンドもやった。日向先輩には技をかけまくって、それから、それから、
私は死んだんだ。死んだからあの世界に行った。死ぬ間際のことも覚えている。なのに、私はまたここにいる。死んだはずの世界にいる。
……それとも、私が死んだのは夢だったのかな。
でも、それなら日向先輩はどうしてあの世界のことを覚えているんだろう。
どうして、私を見つけてくれたんだろう。
「きっとさ、もう、辛い人生だったなんて、思わないさ」
「うん」
だって私たちはこうして出会ったんだもの。この先どんな辛いことがあっても、私は人生を悲観したりしない。私は日向先輩とこうして六十億分の一の確率で出会えた。
私は、幸せ。
体を動かすことはできない。立つことも歩くこともできない。だけど、今すぐ死んでもいいと思えるくらい幸せ。
ねえ、人生って素晴らしいんだね?
それを教えてくれた音無先輩を、この世界で探してみるのもいいかもしれないね、と日向先輩と笑った。
―END―
***
絶対に違うだろう、という私の解釈。
別にあの世界でのことは夢じゃないけど、あそこで成仏すると死ぬいくらか前に戻ってしまうという。
そこで同じ人生を繰り返すかというとそうではなくて……っていう。
死ぬ時期はまた同じになってしまうのか、それとももっと長生きするのか。長生きしてほしいですはい。
まあ、これはない。でも幸せになってほしくて書いた。
最終回どうなるんだろう……。
作品名:約束(AngelBeats!・ひなユイ) 作家名:とち