遣隋使で短い話
しあわせな夢
------------------------------
繰り返し、繰り返し夢を見た。
浅い眠りを覚ますのはいつも決まって同じ夢。
いや、正確には少し、違うのかもしれない。
それでも目を開きまだ暗い天井を睨みながら、心を覆っていくのは同じ感情だった。
あきらめでもない、疲れもにじまないため息を吐きながら、思うのはただまた醒めてしまったな、とそれだけだ。
ため息は静かに薄闇色の空気に溶けていく。
眠れない、とは思わない。
ただすぐに醒めるだけ。
そんなことを繰り返せばいつの間にか空は明るかった。
「妹子、寝不足?」
「はあ?」
いけない、語尾があからさまに苛立っていた。
まるで肯定してしまっているようではないかと、自分の反応の方に腹が立った。
書から顔をあげて見た太子は思ったとおりに、気遣わしげな顔でこちらをのぞきこんでくる。
つくえをはさんで、向かい合わせ。
ぐ、とよりこちらを覗き込むように、乗り出される上体がどうしようもなく近い。
「疲れてるの? ストレス? 眠れない? なにか心当たりとか」
「何にもないです」
きっぱりと言い切る。
事実僕に何も思うところはない。
それよりもまず、目の前の仕事が大事だった。
うまくいけば今日中に片付く。明日は休みで、別に区切りを良くする必要なんかないのだけれども、終わらないよりは終わった方が単純に気分がいいだろう。
そんな思いから黙々と筆を進めて言葉をまとめ、しかし正面から感じる視線を無視しきることができなかった。
ちらりと、視線だけ上げれば何か言いたげに目を細くして、睨んでるんだかどうだかわかりづらい表情とぶつかる。
「…………なんですか」
「お前こそ」
なんかあるなら言え、と短く。
うろんげな半目に反論する気も失せてしまった。
ふう、と息を吐き出して、筆をおく。
強ばっているような肩をぐるぐる回して、ついでに首を動かせば派手な音がした。自覚している以上にこっているのかもしれない。気をつけたほうがいいのか、どうか。
「お前、自分で思ってる以上に疲れてるんじゃないのか?」
そう、告げてくる声。
やめて欲しい。そう、他人に指摘されると、そんなような気持ちになってしまうのだから。
見ない振りをしてきたことを、無視できなくなる。
「…………夢見が悪かっただけ、です」
「どんな?」
無邪気に、屈託なく、そんなことを聞いてくるのが残酷だとも思った。
ふう、と僕は意識して、深呼吸とため息のちょうど間のような息を吐き出す。
悪夢といってしまえば、そうかもしれなかった。
ぐるぐる繰り返される同じ夢。
ぐるりと同じところにかえって来る違う夢。
「あんたが…………」
あんたがはっきりと、僕らの距離を定めてくれればどんなにか。
「何?」
…………いいや違う。
僕らの距離だなんて。
ちがう。
僕が求めているのはそんなあいまいなものではない。あなたに委ねきってしまえるほど諦めてもいない。
僕が欲しいものは、ただひとつ。
夢の中でも届かない手のひらの先に、あんたがいるのだと告げることができたらどんなにか。
「…………仕事中なんで、邪魔しないでください」
「ちょっと、何々突然仕事の話? 眠れてないの?」
「眠れていますよ。まあ、昼間っからぐうぐう昼寝するようなあんたほどじゃないですけど」
「何それお前うらやましいならはっきり言えよなー! そしたらいっしょに添い寝してやる」
「けっこうですよ! なんであんたなんかといっしょに寝なきゃいけないんだ!」
「え、寝たいんじゃないの? 私と」
「ちがう!」
ごまかす。ごまかす。
…………この場合、誰を?
僕自身か。それともあんたか。
「邪魔しないでくださいよ」
そうして今日も夢を見るんだ。
あんたに、届くことのない手のひらを伸ばし続けるある意味しあわせな夢を。