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遣隋使で短い話

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しあわせな夢


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 繰り返し、繰り返し夢を見た。
 浅い眠りを覚ますのはいつも決まって同じ夢。
 いや、正確には少し、違うのかもしれない。
 それでも目を開きまだ暗い天井を睨みながら、心を覆っていくのは同じ感情だった。
 あきらめでもない、疲れもにじまないため息を吐きながら、思うのはただまた醒めてしまったな、とそれだけだ。
 ため息は静かに薄闇色の空気に溶けていく。
 眠れない、とは思わない。
 ただすぐに醒めるだけ。

 そんなことを繰り返せばいつの間にか空は明るかった。







「妹子、寝不足?」
「はあ?」
 いけない、語尾があからさまに苛立っていた。
 まるで肯定してしまっているようではないかと、自分の反応の方に腹が立った。
 書から顔をあげて見た太子は思ったとおりに、気遣わしげな顔でこちらをのぞきこんでくる。
 つくえをはさんで、向かい合わせ。
 ぐ、とよりこちらを覗き込むように、乗り出される上体がどうしようもなく近い。
「疲れてるの? ストレス? 眠れない? なにか心当たりとか」
「何にもないです」
 きっぱりと言い切る。
 事実僕に何も思うところはない。
 それよりもまず、目の前の仕事が大事だった。
 うまくいけば今日中に片付く。明日は休みで、別に区切りを良くする必要なんかないのだけれども、終わらないよりは終わった方が単純に気分がいいだろう。
 そんな思いから黙々と筆を進めて言葉をまとめ、しかし正面から感じる視線を無視しきることができなかった。
 ちらりと、視線だけ上げれば何か言いたげに目を細くして、睨んでるんだかどうだかわかりづらい表情とぶつかる。
「…………なんですか」
「お前こそ」
 なんかあるなら言え、と短く。
 うろんげな半目に反論する気も失せてしまった。
 ふう、と息を吐き出して、筆をおく。
 強ばっているような肩をぐるぐる回して、ついでに首を動かせば派手な音がした。自覚している以上にこっているのかもしれない。気をつけたほうがいいのか、どうか。
「お前、自分で思ってる以上に疲れてるんじゃないのか?」
 そう、告げてくる声。
 やめて欲しい。そう、他人に指摘されると、そんなような気持ちになってしまうのだから。
 見ない振りをしてきたことを、無視できなくなる。
「…………夢見が悪かっただけ、です」
「どんな?」
 無邪気に、屈託なく、そんなことを聞いてくるのが残酷だとも思った。
 ふう、と僕は意識して、深呼吸とため息のちょうど間のような息を吐き出す。

 悪夢といってしまえば、そうかもしれなかった。
 ぐるぐる繰り返される同じ夢。
 ぐるりと同じところにかえって来る違う夢。

「あんたが…………」
 あんたがはっきりと、僕らの距離を定めてくれればどんなにか。
「何?」
 …………いいや違う。
 僕らの距離だなんて。
 ちがう。
 僕が求めているのはそんなあいまいなものではない。あなたに委ねきってしまえるほど諦めてもいない。
 僕が欲しいものは、ただひとつ。

 夢の中でも届かない手のひらの先に、あんたがいるのだと告げることができたらどんなにか。

「…………仕事中なんで、邪魔しないでください」
「ちょっと、何々突然仕事の話? 眠れてないの?」
「眠れていますよ。まあ、昼間っからぐうぐう昼寝するようなあんたほどじゃないですけど」
「何それお前うらやましいならはっきり言えよなー! そしたらいっしょに添い寝してやる」
「けっこうですよ! なんであんたなんかといっしょに寝なきゃいけないんだ!」
「え、寝たいんじゃないの? 私と」
「ちがう!」



 ごまかす。ごまかす。
 …………この場合、誰を?

 僕自身か。それともあんたか。



「邪魔しないでくださいよ」
 そうして今日も夢を見るんだ。
 あんたに、届くことのない手のひらを伸ばし続けるある意味しあわせな夢を。
作品名:遣隋使で短い話 作家名:8989