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少年は怠惰に思案する

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話さないで、離さないで 放さないで

「帝人先輩」
「・・・あ、今帰りなんだ」
委員会があって。黒沼青葉はにこにこと笑いながら、ひらひらと手を振り竜ヶ峰帝人に声をかけた。帝人は そう と曖昧に笑い、鞄の紐を きゅう と握って瞬きをする。大人しげな少年の深い狂気と限りない優しさを知っている青葉は、笑いながら帝人の隣に立った。ぴくりと帝人の肩が揺れる、その一瞬を見逃さずに、表情だけはあくまで無邪気な後輩を装って青葉は首を傾げた。
「委員会、大変だね。行事関連?」
「はい けどそのおかげで先輩と一緒に帰れて、ラッキーでした」
先輩は学校じゃ俺のこと避けるから。青葉の言葉にぴくりと肩を揺らした帝人は、そんなことないよ、と呟き目を伏せる。青葉は従順に頷きながら、うそつき、と心の中で含み笑いを行った。
「あ、別に責めてるとかそんなんじゃないですよ 」
「責められてるとは思ってないけど、何か 含んだ物言いだね」
帝人先輩のこと好きですから。青葉は笑い、軽口を飛ばす。ノリの良い、弾んだ声音を使えば、青葉の予想通り帝人は微かに反応を示した。その一瞬の隙を今度は見逃さず、青葉は笑いながら 先輩 と声を上げた。先輩という響きにどこか愕然とした様子の帝人へ、青葉は蕩けるような笑みを浮かべる。
「先輩、今何考えてるか 当ててみましょうか?」
黙って青葉を見つめる帝人の瞳が、瞬間ひどく冷たく冴えたものとなる。青葉はその瞳の色を見つめ、笑って首を傾げた。隣に立つ瞬間も軽口を叩いた瞬間も、帝人の脳裏によぎったのは自分ではないのである。その事実は不愉快で陰湿だった。
「何で隣に居るのが俺なんだろう 隣にいるのは、いつだって、き」
「青葉くん」
帝人は初めて青葉の名前を呼び、困ったように微笑んだ。或いは、名前を言われたくなかっただけかもしれない帝人の声に、青葉は すみません と呟く。
「・・・それは、関係ないよね?」
「はい。出しゃばって 無用な予測を立てちゃいました」
帝人は未だ少しぎこちない笑みを浮かべながら、うん、と頷いた。帝人の笑みに笑みでもって答えた青葉は、愛おしげに目を細めて帝人の隣を歩き続ける。
「けど 忠犬がいつまでもそうだとは限らないと思うんですよね」
「・・・なんの話かな」
帝人は朗らかに笑いながら首を傾げ、青葉へ視線を向けた。青葉は はい と笑い、次いで帝人に 出来うる限り忠実に思われるような笑みを向けた。隣にいる人物の違いに帝人が内心どう思っているのか、青葉は気付きながらも暴こうとはしない。暴いてしまえばそれはもはや事実と成り、青葉も帝人も動けなくなることは明白だった。
「単なる一般論ですよ、何と重ねてるのかは 知らないですけど」
青葉は笑いながら、いつか見捨てられる日が来るのではないかと思考する。利用するしないの関係ではすまなくなっているこの感情を抑えるためには、帝人に もう隣を歩くのは自分の幼馴染ではないと気付かせなくてはならないのだ。
(それで、そんなことで、貴方の隣を俺が 本当に 歩けるようになるのなら)
青葉は薄く笑みを浮かべて、何気ない場つなぎの会話へと移行した帝人との会話を続ける。どうかどうかと願うばかりでは手に入らない感情を、青葉は確かに帝人に対して持っていた。

(もういない誰かを思うなら、その思いの分の労力を使って俺をどうか はなさないで 、いて)

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報われる日がくることを 俺は把握しているんですよ

作品名:少年は怠惰に思案する 作家名:宮崎千尋