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アドヴェントの憂鬱

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彼と二人きりの食事というのはどうにも気まずい。
 私は与えられたカトラリーを手にしたまま、ぼんやりと目の前の男を見つめた。
「・・・・・・旨くないか?」
 視線に気づいた彼が気遣わしげにそう問いかける。私は慌ててフォークに刺したままのソーセージに齧り付いた。
「いえ、とても美味しいです」
 実際、本場の腸詰は味も食感も家で食べるものとはまるきり違う。ポテトサラダだって、こんなに美味しければそりゃあ毎日でも食べたいだろう。
 もぐもぐと咀嚼する私をしばし見遣り、ルートヴィッヒが小さく溜息を吐く。
「フェリシアーノも呼んだ方が良かったか?」
 独り言のように呟いた彼の言葉に、私は一瞬動きを止めた。
「フェリシアーノくん、ですか・・・・・・?」
「ああ。あいつがいるとお前も楽しいだろう」
 暗に私と二人では楽しくないと言われているような気がして、私はルートヴィッヒにわからないようにカトラリーを握る手に力を篭めた。件の彼なら今頃は自分の家で賑やかにクリスマスパーティーでもやっている頃だろう。
「今からでも呼んではいかがですか?」
 少なくとも私と二人きりでいるよりはましなのではないか。そんな拗ねた気持ちで見上げたルートヴィッヒは、どこか落ち着きの無い様子でイライラとビールのタンブラーを呷った。
「お前が呼んで欲しいと言うなら連絡を入れるが」
 どうする?と聞かれて私は答えに詰まった。彼は本気で言っているのだろうか。どちらかというと、フェリシアーノを呼びたいのはルートヴィッヒの方なんじゃないかと思うのに。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 結局問いには答えぬまま、私は黙々と食事を続けた。しばらくの間黙ってそんな私を見ていたルートヴィッヒも、大きな溜息を一つ吐き出したきり食事に戻る。
 『恋人』になってからは初めてのクリスマスの夜だと言うのに、彼と私のテーブルには通夜のような雰囲気が漂っていた。


「このままクリスマスマーケットに行こうと思うんだが、今日はやめておくか?」
 そう聞かれたのはレストランを後にして、少し歩いた頃だった。
「・・・・・・ルートヴィッヒさんがご面倒なら、それで結構です」
 我ながらそっけない言い方になってしまった。内心慌てて取り繕おうとするが、言いかけた言葉は傍らのルートヴィッヒのあからさまな嘆息に遮られてしまう。
「悪かったな、こんなところまで呼び出して」
 そしてそう言ったきり、私を振り返ることなくずんずん前に進んでいく。
「ルートヴィッヒさん」
 私の呼びかけも無視して、ずんずんと。
「ルートヴィッヒさん!」
 見知らぬ往来に取り残される恐怖から、私は思わず大声を上げた。道行く人々が驚いてこちらを振り返る。
「ちょっと、待って下さい・・・・・・!」
 今にも見えなくなってしまいそうな後姿を目で追って、私は子供のようにばたばたと駆け出した。私の声など聞こえているだろうに、ルートヴィッヒが歩みを止める気配は全く無い。
「ルートヴィッヒさ―――わっ!」
 伸ばした指先が彼のコートに届いたその瞬間、突然ルートヴィッヒが足を止めた。それに勢いよくつんのめった私は、思い切り彼の背中に激突してしまう。
「いったー・・・・・・・・」
 さして高くもない鼻をしたたかに打ち、私は顔を顰めた。恐らく赤くなってしまっているだろう患部を擦りながら視線を上げると、それまで微動だにしなかったルートヴィッヒがおもむろに頭を抱えた。
「ルートヴィッヒさん?」
 恐る恐る声を掛けてみるものの、ルートヴィッヒからの返事は無い。
「ルートヴィッヒさんってば」
 焦れてその背中を叩くと、蚊の鳴くような声で何事か呟いた。
「え?なんですか?」
 よく聞き取れなくて、私はそっと彼の前にまわる。
「――――た」
「は?」
「・・・・――――――かった」
「え、あの、なんでしょうか」
「だから、追いかけて来てもらえて良かったって言ったんだ!」
「・・・・・・・・え?」
 猛烈な勢いでルートヴィッヒが顔を上げた。その相貌は心なしか耳の付け根まで紅潮している。
「お前が俺の後を追いかけてこなかったらどうしようかと思ったんだ」
 もそもそと言い募るルートヴィッヒの口元は、既に見慣れた無表情のはずなのにどことなく決まり悪そうだ。私はただひたすら彼を見つめた。
「・・・・・・おい、そんなに見るな」
「そんなこと言われたって・・・・・・」
 じゃあどうしろと言うのだ。逡巡する私をよそに、ルートヴィッヒは忙しなく深呼吸を繰り返している。
「ルートヴィッヒさん――――」
 呼びかけた私の体がふわっと温かくなった。驚いて廻らせた視線で、私は自分が目の前の男に抱きこまれたのを悟る。
「俺と二人では、楽しくないか?」
 耳に直接吹き込むようにルートヴィッヒが呟いた。言われたことの内容よりも、その呼気の熱さに背中のあたりがぞくりとした。
「お前を楽しませてやるにはどうしたらいい?」
 そんな私には一切気づいていないのだろう。ルートヴィッヒはなおも言い募る。
「やはりフェリシアーノがいないと駄目なのか?」
 どこか悔しそうな口調で言ったルートヴィッヒの表情は、抱きしめられた体勢のままでは見ることができない。
「ルートヴィッヒさん」
「俺は、お前と二人で過ごしたいんだ」
 顔を上げようとした私を押さえ込むようにして、ルートヴィッヒは抱く腕の力を一層強くした。
「フェリシアーノは良い友人だとは思うが、お前があいつのことばかり考えるのは気に入らない」
「・・・・・・」
 なんだか熱烈な告白をされているような気がするのは私の勝手な思い込みだろうか。いや、それよりも。
「――――私も、全く同感です」
 私はそろそろと腕を持ち上げた。私などよりよほど大きいルートヴィッヒの背中をゆっくり抱き返してみる。
「本田・・・・・・」
「おんなじこと、考えてました。食事の最中からずっと」
 そして悶々としていたのだ。今時高校生でもそんなことはしないだろうに。
「クリスマスマーケット、行くか?」
 ゆっくりと私の体を放しながらルートヴィッヒが訊いてきた。まだほんの少しだけ赤らんだ頬は、寒さのせいだけではないのだろう。
「それは、明日にしませんか?」
 クリスマスマーケットは確か年末までやっていたはずだ。それよりも今は、目の前の男をたっぷり可愛がってやりたい。実際に可愛がられるのは私の方なのだろうが。
 照れ隠しに笑ってみせた私の唇に素早くキスを落とし、ルートヴィッヒはすっと手を差し出してきた。
「じゃあ、まっすぐホテルに帰るか」
 その大きな手のひらは私以外の何者をも欲してはいない。
 くすぐったいような安心感に包まれて、私はやんわりと彼の手を握り返した。
「私が好きなのはあなただけです」
 どうか伝わりますように。この、不器用な恋人に。
作品名:アドヴェントの憂鬱 作家名:もりと@A41