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轍 きょうこ
轍 きょうこ
novelistID. 1480
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星が綺麗だから

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マリーは夜の散歩を楽しんでいた。
昼、とても賑やかな家はいまやすっかり寝静まっている。マリーは睡眠を必要としない。だからひとりになる夜はこうして散歩に出かける。出かけるといっても日野家の周囲を巡るだけ。ゆっくり時間をかけて巡って、そうして一番夜の闇が深くなる時分に屋根にあがる。屋根の上をステップ踏むようにしてふわりふわり浮かびながら、夜空を見上げるのだ。
ふと、いつもはひとりの屋根のうえにひとつの人影が横たわっているのに気づいた。先客はいつもは頭の横で二つに結い上げている髪を下ろして、夜風に流していた。
珍しい、と真っ先にそんなことを思う。
珍しいといえば、先客がいること自体珍しいことなのだが、それがてつこであることがマリーに新鮮な驚きを与えた。
てつこは早寝早起きを旨としていて、真っ先にベットに行ってしまうのに。
それに。
『眠れないの? てつこ』
いきなり話しかけてもてつこは驚かなかった。彼女は気配に聡いのでマリーのことはずっと気づいていたに違いない。
こっちにおいでという視線に応じてマリーはてつこの傍に寄る。
「少し、興奮してるみたい。目が冴えてベットの中でじっとしていられなくって」
多分心配そうな顔をしていたのだろう。てつこはマリーを安心させるように笑った。
「大丈夫よ、マリー。だって星が綺麗だから」
『?』
脈絡のない言葉が不思議でマリーは首を傾げる。言葉にするまでもなくその気配はてつこに伝わったらしい。てつこが言葉を継いだ。
「初めて日本にきたときも、星が綺麗だったの。それまで見てきたのと比べて星の数はびっくりするほど少なかったけど、あたしには同じくらい綺麗に感じたの」
『どうして?』
「初めての日本。初めての学校にわくわくしてた。同世代の子がいっぱいいるって聞かされて、友達がたくさんできたらいいなって」
マリーは思わず目を伏せた。マリーは知っている。幼い彼女の期待がそれからどうなったかを。
「でもすぐ星を見ても綺麗だなんて思わなくなっちゃったけど」
てつこの笑みに自嘲が混じる。
「リリエンタールが来てからは特に」
マリーは息を呑んだ。その言葉はマリーを傷つけるものだったけれど、てつこの気持ちを考えれば非難することも出来なかった。
リリエンタールの存在は彼女の願いを真っ向から否定するものだ。
マリーは淡々と語るてつこの顔を見るのが怖くなった。
もしそこにリリエンタールへの嫌悪や、憎悪。それに類するものがあったらどうしよう。そんなことあるはずないのに、どうしようもなくそんな不安がもたげてくる。
マリーは思わずそろそろとてつこの顔を窺った。
案の定、というべきだろう。てつこの顔は優しく穏やかに凪いでいる。
馬鹿な心配をしたものだ。
最初から彼女は言っていたのに。『星が綺麗だから』と。
「変よね。いつだって空は空。そこにあるだけなのに。空は、変わらないのに」
『でも、人は変わるわ』
反射的にマリーは口を開いていた。
リリエンタールと出会うまでは。この家で暮らし始める前まではずっと。マリーは静かな夜に散歩に出かける気分になんてなれなかった。
寂しくて、悲しくて、でも自分が寂しがってることにすら気づかなくて。ただ求めることしかできなかった。
マリーがこの静けさを心地よく思うのは、もうひとりぼっちじゃないから。朝が来ればまた賑やかな笑いで満たされることを知っているからだ。
マリーは変わった。リリエンタールと出会って。てつこも変わったのだ。リリエンタールという弟を得て。
『てつこ、そろそろ寝ないと明日にさわるわ』
明日から、彼女はずっと休んでいた学校に行く。
それが彼女にとって、とても勇気が必要なことだということは想像に容易い。
けれど。だからこそ、彼女なら大丈夫だと確信を持って言える。
てつこは、優しくて強い。いいてつこだから。
なによりも、星が綺麗だから。
作品名:星が綺麗だから 作家名:轍 きょうこ