midnight interval
ゆるり、目を開けると視界はぼやけている。僅かに霞んだ世界の中、ゆらゆらと燻る紫煙の匂いが鼻を掠めた。よく知る――それ。
「さん、よ……?」
考えるよりも先に名前が口から零れ出す。呼びたかったわけじゃない、こんな時ですら意地っ張りで素直じゃない自分が頭の中、どこかでぷいと顔を背けた。
「お?悪い、起こしちまったか?」
寝起きで掠れてしまっている声だというのに彼の耳にはきちんと届いたらしい。慌てて手にしていた煙草をベッドサイドに置いてある灰皿で揉み消そうとしたのを、東海道は重い腕をのろのろと持ち上げて制した。恐らくは東海道が煙草を厭っていると知ってのその行動なのだろうが、そんなことに気を遣うならそもそも吸わなければ良いのにと少し呆れる。全く、この男は気がつくんだかつかないんだかどうにも曖昧だ。
「……また吸っていたのか。」
「ぇ、あー……ごめん。」
咎める口調に罰の悪そうな返答。常日頃から禁煙を説く東海道に、しかしなんだかんだとのらくら逃げ続けているこの男は本当に始末に負えない。しかしやろうと思えば強引に紙巻きの詰まった小さな箱の一つや二つ、取り上げることも出来るだろうに、それをしないのは結局自分だって同罪なのだということにも本当は気付いている。結局のところ、東海道は山陽に甘い。それはもうどうしようもなく。
「謝るくらいなら吸うな。」
「いやー…でもさぁ、」
少なからぬ年を重ねた木々を思わせる深い茶の両目に、へらっと浮かべてみせた笑顔は見た目ほど軽くはないのだと知っている者はどれほどいるだろう。自分だけなら良いのに、そんな馬鹿みたいなことを思う。
「あまーい時間を楽しんだ後は、なんか無性に口寂しくなるっていうか?あんなに熱烈にちゅーされたらなんか思い出すだけで欲しく……っごふっ!!」
しかしそんな東海道の胸中など露知らず。ふざけた笑顔ついでに茶化したような口調で先までの行為を揶揄した山陽に、なんだか神経がざわついてみなまでは言わせぬと容赦なく眉間に裏拳を放ってやった。情けの一欠もない一撃を食らった箇所はいっそ煙すら上げそうな勢いで、思わず両手で抱え込み俯いた山陽に、更に。ぐい、と頭頂部の直ぐ下辺りを押し上を向かせてやれば面食らった間抜けな顔が東海道を映す。
「ぅえ!?」
息吐く間もない連撃に、黙っていれば整っている筈の顔からなんとも情けない声が飛び出すが、そんなことは微塵も気にせぬ存ぜぬと東海道は目を白黒させている山陽の呆けた口唇に自らのそれを押し当ててやった。薄いが確かに柔らかなそれは少しだけかさついている。寝起きだからか、そう思えば自然湿してやるかのように舌でその表面をなぞっていた。勝手など知ったるもの。上下の口唇の隙間を数度往復させれば間もなく誘う様に開かれるから応じるままに内側へと潜り込んだ。
「っ、は……」
この男から見た今の自分の顔はどんな表情を浮かべているのだろうと、ふと気になった。きっと余裕の無い無様な顔をしているに違いないだろうとも思って、それが不思議と嫌ではなかった。節ばった右手の指で挟んだ小さな狼煙が邪魔をするから、左腕だけを強く引き寄せぐしゃりと癖のついた髪に絡めて抱き寄せた。自分とは違い確りと筋肉のついたそれを捕らえるように腕を絡める。他人のものとは思えないほど、肌に馴染む。口の中にじわり、滲むのは苦い煙草の味。
「っは、ぁ…っく、ぅ…」
吸い上げて吸われて、意識が白むほどにまで貪りあって口吻けを解けば、目尻に朱を佩いた見慣れた面立ちがある。突然の行為に動揺したのかいつも余裕を見せつけるこの男にしては珍しく吐息の調律が乱れていた。
「っは、いきなり随分と積極的じゃん?」
口の端から零れる銀糸を乱暴に拭う表情が気に入った。
「貴様が言ったんだろう?口寂しいと。」
すい、と目を細めて挑発的に笑う。そんなものよりもずっと良いだろう、囁くように告げてすっかり小さくなった煙草を取り上げた。自らのものより一回り以上大きな身体に乗り上げる様にして、反対側のベッドサイド、置かれた灰皿に火の先端を捩りこむように押し込んだ。引導を渡してやるかのように容赦無く。
「こんなものと同等に私を扱うとは良い度胸だ。」
くっと喉の奥を震わせて鳴らすと、もう一度。今度は噛み付くようにキスを落とした。 一緒になんかしてないだろ、 同じように笑む口許と、同時に腰に回される手の平が熱い。疚しい気配を隠そうともしないそれはゆるゆると骨の梁を辿り、次第に指の腹に込められた力が増して行く。
お前の代わりなんかいないよ
含むように、吐息を零して。囁かれた口唇に満足して重力に身を任せるように彼の上へと降りた。
夜はまだしんしんと降り積もる様子だった。
作品名:midnight interval 作家名:フジサワコト