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帰還、そして

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 剣を閃かせ鋭く切り込む男と、確実に受け流して反撃へ繋ぐ少女。ずぶ濡れのこの二人が死闘を繰り広げる光景を、事情を知らない第三者が見たらどう思うのだろうか。
 今この岩場には二人しかいない。少女は男の正体に感付いていながらも、一人で呼び出しに応じたからだ。

 マナの放った火球が利き腕を掠めたが、死線をくぐり抜けてきたメロダークはその程度では動じない。だがそれはあらゆる意味で疲労している現在の彼には当てはまらなかった。
 僅かに剣を握る力が弱まったところを強かに杖で打たれ、メロダークの手から剣が滑り落ちた。
 荒い息を吐きながら杖を振り下ろした体勢で静止しているマナの前で、メロダークは視線を落ちた剣から打たれた右手、そしてマナへと移した。
 既に勝敗は決している。二人の間にある緊張感は、ぴんと張り詰めた糸のようだ。
「……殺せ」
 メロダークの地を這うような低い声、続けられた「その手で、俺を裁くがいい」という言葉。びくりとマナの肩が跳ねた。それはどちらに反応したのか、あるいは両方か。
 メロダークの目がマナの手にある杖に向けられる。マナが忘却界で手に入れ、目覚めた時もすがるように握り締めていた、光の蛇の力が宿る櫂――アークフィアの杖。
 マナの表情は、怯えていると言っていいまでに悲痛に歪んでいたが、意外にしっかりした足取りで前へ歩み出した。
 メロダークは目を閉じた。マナが自分の方に近付いてくる足音が、ずっと待ち焦がれていたもののように聞こえた。
 足音はメロダークの二、三歩ほど手前で止まった。いよいよか、と彼は体の力を抜いた。命を殺め続けてきた人生に終わりが来るのを、静かに待った。
 しかし、いつまで経っても痛みは訪れなかった。もしやもう自分は死んだのではないかとさえ思って、メロダークは瞼を開いた。
 マナが声も無く泣いていた。杖を握り締める手は哀れなくらいに震えている。
 メロダークと目が合うと、彼女は流れる涙もそのままに、無理矢理に絞り出した声で言った。
「そんな事、出来るわけないじゃないですか……!」
 メロダークは驚愕に目を見開いた。自分は彼女を欺き殺そうとしたのに、殺されても文句は言えない立場なのに。俺を助けるのかと口にしつつも、心のどこかでは、非常にマナらしい選択だとも思っていた。
 メロダークはぽつぽつと、忘却界の記憶を始めとした今言うべきであろう事を話した。
 ようやく泣き顔ではなくなったマナの前で、メロダークは拾い上げた剣を鞘に収めると、その場に跪いた。
 再び抜刀し、目をぱちくりさせているマナに向けて、柄を差し出す。
「この剣を捧げる」
 メロダークはマナの美しい紅玉の瞳を見つめながら言葉を紡ぎ、忠誠を誓った。それはさながら神への祈りに、そして愛の告白にも似ていた。
「……立って下さい」
 マナのその言葉に従ったメロダークが立ち上がるなり、マナは倒れ込むように彼に抱き付いた。
 メロダークはぎょっとした。珍しくはっきりと驚愕と狼狽が顔に出ている。
「……何故、また泣く」
「色々な事が一度にあって、沢山の事を一気に知って、頭の中がごちゃごちゃしてて……。ごめんなさい、少しだけ、こうさせて下さい」
 嗚咽混じりにマナが喋る。その度に、彼女の熱い吐息がメロダークの胸当てを曇らせた。
 忠誠を誓った直後に抱き付かれ「こうさせて下さい」と言われては、黙って従うより他はない。メロダークがされるがままになっている間、マナは胸の中で渦巻く感情を必死に沈めようとしていた。

 マナがメロダークの死を望んでいないのは本当だったが、それとは別に、思う事があった。
 忘却界で最後に辿り着いた場所。足を撫でる水、浮かんだ鏡。語りかけてきた始祖帝の魂。
 幾度も繰り返す輪廻と贖罪。自分の生がその途中だというのが真実なら、もし誰よりも罪深いのだとしたら。
(メロダークさんを殺すなんて、出来ない……)


作品名:帰還、そして 作家名:ナオリ