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沈黙の掟

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広いホールの中は、多くの人間が詰めているにも関わらず、しんと静まり返っていた。
 高い天井から吊るされたシャンデリアがひとつ。広い室内を照らすには不十分な照明がゆらゆらと揺れて、ホールをチカチカと照らし出している。
 ホールの中は、円を描く様に木製の椅子が置かれている。どの椅子にも老い若いに問わず男や女が腰掛け、空席は少ない。
 木の椅子は所々ささくれが目立ち、染みや汚れも多い。ホールの壁も所々剥げた跡やひびが目立っていて、それが薄暗い明りに照らし出される様は気味が悪いとしか言いようがない。
 多くの人間が好んで訪れるような雰囲気ではない。
 そんな場に集う、年齢も性別も様々な多くの人間。彼らの共通点と言えば、誰も彼も例外なく、漆黒のスーツを着込んでいる事。そしてどの人も皆、ある人は天井のシャンデリアを見つめ、ある人は組んだ己の両手に額を当てながら、複雑な表情を浮かべているという事だけであった。
 円を描いたホールの真ん中には、一層高く設置された木製の台と、それに向き合う様な形で、何もかもが古びた、木製の物の置かれた空間では違和感の漂う、四方を鉄の格子で囲まれた、鉄製の椅子があった。
 ホールにいる多くの人間。複雑な表情を浮かべながら壁やシャンデリア、自分の掌を見つめる者の多い中で一人だけ。その鉄製の椅子を真っ直ぐに見つめる男がいた。

 キーッ
 鉄製の椅子の後ろ。円を描くように置かれた椅子の間を伸びる通路の先にあった木製の扉が、重たげな悲痛げな音を立ててゆっくりと開かれた。
 ホールに集まる全ての人間の視線が、一斉にそこに降り注ぐ。
 ホールに入って来たのは黒のローブに黒の帽子、顔を白い布で覆った背の高い者であった。その顔どころか性別すら察する事の出来ぬ、異様な雰囲気を漂わせた彼等は、マフィア界の法の番人。世界に名を馳せる巨大なマフィアのボスですら怯えるという、復讐者である。
 そして、背の高い復讐者に四方を囲まれるように、小さな男がいた。
 誰も彼もが黒のスーツを纏う中で、小さな男は唯一、アイボリィ色のスーツを身に纏っていた。男は扉から鉄の椅子へと続く木の階段をゆっくりと下りていく。男はその顔、目の辺りを黒の布に覆われて視界が塞がれていたが、その歩みはまるで見えていない事を感じさせない、揺るぎないものであった。
 男は背の半分を覆う程の、長い琥珀色の髪を持っていた。彼が歩くに従って、その琥珀はふわりふわりと揺れる。羽根のように揺れる髪の見せる錯覚なのか、両腕を前に垂らし、重たげな鉄の鎖に縛られながらの男のゆっくりとした歩みは、それでも少しの重さも感じられなかった。


 静まり返ったホールの中、皆の視線を受けていた男は鉄製の格子の前に辿り着いた。
 復讐者の一人がその格子を開け、男を中に入れる。手を膝に、繋いでいる鎖を椅子と固定させると、復讐者は格子を再び閉めて、其処に大きな錠前をした。それをさらに鎖でぐるぐると固定する。復讐者は錠前をがしゃがしゃと開かぬように確かめ、それからホール中に見せるように鍵を持った手を掲げた。ホールの所々で頷きがあるのを見ると、その鍵を鉄製の椅子の向かい側、高く作られた木製の台の上に置く。
 其処までを終えると復讐者は皆横にひき、変わりに皆と同じ黒のスーツを纏った、若い様にも相当の歳を重ねた様にも見える男が一人、木製の台の前、鉄製の椅子と合い向かうように立った。

「ではこれから、ドン・ボンゴレ十世、沢田綱吉の沈黙の掟(オメルタ)による裁きを始める」
 部屋の中の静けさが一層増す。
 しんと静まり返って耳に痛い程であったそれがより濃く暗く、冷たく足元に沈んだように思えた。


「ドン・ボンゴレ十世、沢田綱吉。お前は沈黙の掟を犯し仲間を死に追いやった。この事実に間違いはないな」
「はい、間違いありません」
 両手に重たげな黒の手錠を付けてそれをさらに固定されているにも関わらず、堂々と王者の貫録を露わに沢田綱吉は、少し高いよく通る声で答えた。
 身体の自由を奪われているにもかかわらず、椅子に腰かけた沢田綱吉からは少しも窮屈な様子が見えない。背を伸ばして、布に覆われて見えていない筈の顔が、それでもしっかりと台の向こうに立つ男の顔に向けられている。
 その布の向こうに隠れている琥珀色の瞳は、きっと真っ直ぐに開かれて男の瞳を見据えているのだろうと、裁きを見守る、会場にいる何人かの人間が思っていた。

 男のするいくつかの質問に沢田綱吉は詰まる様子もなく、すらすらと答えた。横に並ぶ復讐者は、少しでも何か隠す様な動きがあればすぐに動けるようにと見張っていたが、気配すら見せず滞りなく進む。

「ドン・ボンゴレ十世、沢田綱吉。お前の沈黙の掟を破り、それによって起こった事態はとても重く、深刻な物である。この罪に与える罰は、復讐者の牢獄送りとする」
「はい、異存はありません」

 ホールの中をどこまでも暗く重く満たしていた沈黙がこの時僅かに、小さくカタリという音を立てて破られた。今まで目の前に立つ男に顔を向けたままであった沢田綱吉が、その音に反応してホールに顔を向けた。
 そのほんの一瞬だけ、沢田綱吉の口元が緩く弧を描いていた事に、裁きを見守っていた僅かな人間だけが気付き、多くの人間と台の前に立つ男、復讐者は気づく事が出来なかった。

「では、これにてドン・ボンゴレ十世、沢田綱吉の裁きを終わりとする」

 その言葉を合図に、横に控えていた復讐者は格子の錠を開き、中の沢田綱吉を立たせて外に出した。そうして来た時と同じように、周りを囲もうとする前、沢田綱吉がホールに来て初めて、自ら口を開いた。
「最後にひとつだけ、よろしいでしょうか」
「……よろしい、述べなさい」
 立ち去ろうとしていた、沢田綱吉を裁いた男が振り返り、促す。

「全ての罪は、償われるべきだと思っています。それを犯した者が俺であれば、言い逃れはしません。自らの罪を認めて全力で償います」
 沢田綱吉の顔はホールを彷徨う。それは見えぬ筈の瞳で、誰かを探しているかのようであった。
 やがて彼を裁いた男のその後ろの方を見る様にして止まる。
「ボンゴレをのこす事になってしまうけど、優秀な守護者達と、先生が居るから心配はしていません。彼らの心のままに、動いてくれる事を願います」
 そう言って沢田綱吉は顔を下ろした。
 それを終わりの合図と取った男が、払うように手を数回振ると、止まっていた復讐者達が沢田綱吉を囲み始める。
 そうして再びホール中の人間の視線を集めながら、沢田綱吉はゆっくりと椅子の間を進み、木製の扉の向こうへと消えて行った。

 相変わらず重苦しげな音を立てて、その扉が完全に閉まってしまうまで、その口を開くものはホールの中には誰もいなかった。
作品名:沈黙の掟 作家名:桃沢りく