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【腐】Brighter Day

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 日付が変わろうとしている時間帯になってようやく、臨也の目的の人物は姿を現した。
「おかえり、シズちゃん」
 夜中にも関わらず、愛用の青いサングラスを外さないのは何かのこだわりだろうか。表情まではいまいち判らなかったが、それでもこんな所に臨也がいることへの驚いた様子は確認できた。
「手前……何で、ここにいる?」
「うーん……そう訊かれてもね。シズちゃんを待つのに一番都合がいい場所が、つまりここだったんだよ。弟の家に行っちゃう可能性も考えたんだけど、帰ってきてくれて助かったよ」
 静雄の驚きも無理はない。ここは、静雄の暮らすアパートの真下である。
 情報屋という稼業をやっていなくとも、この場所を割り出すことくらいできただろうが、やはり仕事柄調べがつくのが早いのは非常に助かる部分の方が多い。余計な労力をかけずにこの場所まで辿り着けたのはやはり大きなメリットだっただろう。
 だが、そんな事は今の臨也にとっては非常にどうでもよかった。重要なのは静雄と確実に会う事だったからだ。
「もしかして、酔ってんのか?」
 静雄を待っている間、臨也は軽く酒を煽っていた。ちょうど今日で大きな仕事が一段落ついたのもあり、景気付けのつもりで少量を飲んだつもりが、静雄にいとも簡単に悟られる程、顔に出ていたのだろうか。
「え? 当たり。よく判るね」
「そんだけ酒臭ぇ息してりゃ誰だって判るだろうが」
 呆れた様子で静雄は呟く。どうやら、互いに喧嘩をするような気分ではないらしい。
 臨也にとっては好都合だった。アルコールの回った頭で真夜中に静雄と喧嘩などやっていられない。万が一喧嘩に発展した時に、逃げ仰せる自信すらなかった。
「あ、じゃあ、今日は喧嘩しないんだね」
「喧嘩してぇのかよ」
「そうじゃないんだって。ただ、いつだって喧嘩の原因は俺じゃん? だから、今日も会って早々喧嘩になるんじゃないかなーって思ってただけ」
 いつになく言葉に混ざる本音の量が多い気がする。アルコールの所為で上手く頭が回りきっていないらしい。
 だが、今日飲んだ事に関して、臨也は何の後悔もしていなかった。
 むしろ、飲んででもいなければ、酔った勢いでも使わなければ、とても正気でなどいられなかったのだ。
 臨也にも喧嘩の意思がない事を確認した静雄は、仕方ないといった風で臨也を家に上げた。半ば、というよりほとんど臨也が強引に行ったのだが、恐らく静雄の意図としては、酔っぱらった臨也が変に暴れられても困るからひとまず家に上げておこう、といった辺りであろう。
 古びたアパートの一室。静雄の部屋は、思ったよりも綺麗、というよりあまり生活感がなかった。臨也の中では、もっと雑然としているイメージだったのだが、このアパートはほとんど寝に帰るだけの部屋なのだろうか。
「へえ……思ったより片付いてるんだねえ」
「余計な事言ってねえでさっさと上がれ」
 思ったままの感想を述べただけであるが、後ろから軽く小突かれた。軽いと言っても相手は静雄なのでそれなりの痛みが伴う。ずきずきと痛む頭を擦りながら、言われるままに臨也は静雄の部屋へと上がり込んだ。
 静雄は知らない。臨也が、普段あまり飲まない酒を煽った理由を。
 愛用のコートを脱いで、畳の真ん中に据え置かれた円卓に突っ伏しながら、臨也は回らない頭で思考を巡らせた。
 これから、静雄に対して行う事。
 それは、静雄にとって酷く屈辱的な事であり、同時に、臨也にとっても屈辱的な事であった。その為の下準備を、あの夕焼けの後から、情報屋の稼業と並行して、臨也は長い時間をかけてこつこつと積み重ねてきたのだ。
 静雄にとっても、自分にとっても屈辱的で、何の生産性もなくて、あるのはただ喪失と破壊のみ。
 迷いがなかったといえば嘘になる。今日を迎えるまでの長い長い時間をかけて、臨也は悩み抜いた。悩んで悩んで悩みぬいた末に出した結論に基づいて、臨也は今こうして静雄の家に上がり込んでいる。
 間違っているのかもしれない。だが、もう後戻りはできない。
 それに、間違っているのだとしたら、今日この瞬間ではなく、もっと最初の、それこそ出会ってしまった事自体が、間違っていたのだろう。
 ——大丈夫、今日で、全部終わらせる……
 悲痛な決意を胸に秘める臨也の視界が、不意に揺らいだ。
 コン、と目の前に差し出されたグラスの音に見上げると、少しばかり心配そうな眼差しを寄せる静雄の姿があった。
「どんだけ飲んだんだよ手前」
「そんなに……飲んだつもりはないんだけどね」
 疲れてたからかな、と適当に苦笑いで誤魔化して、グラスの水を有り難く全部飲み干した。
 知らないままの方が、静雄にとってはきっと幸せだろう。だがそれは臨也のプライドが許さなかった。
 あの化け物に、人並みの幸せを味わう権利などないのだと。平和島静雄は、その暴力に自分自身で怯えて、一生孤独でいなければならないのだ、と。
 臨也は誰よりも静雄が嫌いで、だからこそ誰よりも静雄の情報を知ろうとしていた。今思えばそれすらも、と勘ぐる部分ではあるが、今はそこに触れるべきではない。自分自身を制するのがこんなに大変な瞬間が来ようとは思ってもみなかった事だ。
「ねえ、シズちゃん」
「あ?」
「たまにはさ、喧嘩を忘れて飲もうよ」
「何だ、まだ飲むつもりなのか? 止めとけって」
「さっきの酒、あんまり美味しくなかったんだもん。飲み直したいんだよ、俺は。相手がシズちゃんってのはちょっと考えものかもしれないけど、まあ、たまにはこういう日があったっていい、って事でさ」
 臨也の提案を、静雄は思いのほかあっさりと受け入れた。臨也自身酔っているのであまり判別できないでいるが、もしかすると静雄の方も既に酒が入っているのかもしれない。ただ、正直今の時点で静雄が酔っていようとどうしようと、臨也には関係のない事だった。大事なのは、これから、なのだから。
作品名:【腐】Brighter Day 作家名:玲菜