愛してるなんざ死んでも言うな。
相手に見えないのに最後は思わず頭を下げて電話を切った。
中学の頃群れることが大嫌いだった最恐の風紀委員長にこんな風に頼みごとが出来るようになってしまうなんて俺自身が一番信じられない。
さて、と一息ついた。
ポーカーフェイスはおてのものだ。嫌というほど家庭教師に教わってきた。
数分前からこの部屋の前で立ち止まり、聞き耳を立ててるつもりはなくとも結果的に盗み聞きをしてしまった愚かな部下に俺は笑顔で接するようにしなくては。
「入ってきなよ、極寺くん。」
ドアの向こう側で気配が慌てて動くのがわかる。
すぐにドアは開いた。
「す、すみません。10代目…俺・・・。」
「ううん、良いよ。だって、何も聞こえなかったでしょ?」
極寺くんは俺の言葉にぐっと目を細めた。
「はい。」
わざと大切な部分は聞こえないように小声にしてみた。
彼に知られるわけにはいかないから。
「あ、書類出来たんだ?」
彼が手に持つ書類を見て俺は微笑む。
「あ、はい。」
「相変わらず仕事が早くて助かるよー。」
俺はへへっと笑って書類を受け取った。
「あの…10代目…。」
「ん?」
極寺くんの表情は何か言いたげに歪む。
それもそのはずだ、さっきの意味深な内容の電話を中途半端に聞いてしまえば気になるだろう。
「その…。」
「いつかわかるから、ちょっと待ってて。」
「え?」
俺は極寺くんに微笑む。
彼が自分の笑顔に弱いと知っていながら、わざと。
「あ、…はい、10代目がそう言うなら。自分は待ちます。」
「ごめんね、いつも厄介事を頼むくせにこんな風に隠し事して…。」
「いえ、良いんです。俺は貴方に、10代目に喜んでいただけるのなら、なんだってします!」
彼がいつものニカッとした笑顔を浮かべ、途端に元気になる。
もし彼に犬の尻尾があればちぎれんばかりに振るんだろうな、と俺は思わずクスリと笑った。
極寺くんだけが変わらない。
あんなにマフィアから遠かった山本や、お兄さんだってマフィアらしく変わったのに。
そういえば雲雀さんや骸はむしろ怖くなくなった。
それは俺が一番変わった証拠。
極寺くんだけが、俺の楽しかった青春時代のあの時のまま輝いてる。
「俺…。」
極寺くんが言いにくそうに頬を染めて、切りだした。
この感覚を、俺は知ってる。嫌な予感がした。
「俺、10代目が何を考えてるのか知りません、…けど…、でも、俺は例え10代目が何をしたって…何をされたってかまいません。もし、万が一このボンゴレを裏切ったとしても、俺は・・・俺は、貴方を愛し」
「愛してるなんざ死んでも言うな。」
数年前に家庭教師に言われた言葉を俺は極寺くんに向けた。
「あ、…す、すいませ。」
「いや…。そうだ、極寺くん。キミにこのファミリーについて調べて貰いたかったんだ。偵察、お願い。」
「っ、はい!」
俺から書類を受け取った極寺くんは逃げるように部屋を出て行った。
その後ろ姿を見て、俺はデジャビュを味わう。
そうだ、あの日、俺はリボーンに気持ちを伝えようとしていた。
馬鹿みたいに緊張して、受け入れられたいなんて贅沢なことは思わなかったけど、気持ちぐらい伝えたって今まで俺は迷惑被ってたわけだし、構わないだろうと彼に愛の言葉を言おうと思った。
それなのに、
『愛してるなんざ死んでも言うな。』
今まで俺が聞いたことなんて無いくらい冷たい声で拒否されて、俺は酷く傷ついた。
でも、今ならその時の気持ちがわかる。
リボーンはその一週間後に死んだ。
言葉は見えないからこそ余計に心に残る。
誰かに『愛してる』なんて言われた日には死にたくないと思ってしまう。
ましてやそれが自分も愛していた人ならば、残して逝きたくない、俺もお前と生きたいと思ってしまうから。
「あーあ、傷つけちゃった。」
ごめんね、と心の中で謝った。
ねぇ、リボーン。
お前がいなきゃ俺は駄目なままで信頼する仲間や心から愛する人なんて知らないままだったかもしれない。
だから感謝はしてるんだ。リボーンが居たから俺の青春時代は本当にキラキラしてた。
だけど、こんな物悲しい気持ちになるのならやっぱりマフィアのボスなんて止めれば良かったかな?
もうすぐ、お前に会いに行くよ。
答えはその時教えてよ、家庭教師なんだから。
俺は10代目の眠る棺桶を前にただ、茫然とした。
偵察から帰ってきた俺を迎えたのは10代目の笑みではなく、安らかに眠る顔だった。
俺が任務をきちんと遂行するために、俺には知らされなかったらしい。
でも10代目が死んでんのに何が任務遂行だ。そんなのは建前だってわかってる。
「…さいっこうな裏切りですよ、10代目。・・・言わせて貰えなかったけど、俺は…、俺はそれでも貴方を愛しています。」
作品名:愛してるなんざ死んでも言うな。 作家名:阿古屋珠