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ひとりとふたり

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「お兄ちゃんのこと好きよ」
白い病室に声が響く。前もあったな、こんなことが。思い出よりもずっと鮮やかに蘇ったものに目を凝らしかけて、やめた。ユキテルの顔はあのときの柔らかさをすでに失くしている。熱と一緒に。いつも通り、以前と全く変わらない表情でユキテルは言う。
「……変な声だな」
苦労して出した必殺の裏声をけなされたハラは眉を上げる。
「何言ってんですか超可愛かったでしょう!?」
「ふざけんな」
病院でなければ蹴りのひとつも跳んできたのであろう。シーツの中が微かに動いて、力なく落ちた。そういえばこの人は怪我人というか病人というか、まぁどちらも当て嵌まるのだったなと思い出したが、もう大丈夫だというヒナの判断に間違いがあるはずもないのだから、きっと違う理由なのだろう。ハラはカバンを持って立ち上がる。
「それじゃ俺、行きます」
「おー。二度と来んな」
憎まれ口もいつも通りだったが、ハラは真っ直ぐに病室を出た。振り返ったのは病院を出てからだ。カーテンが揺れていた。白い壁と、青い影が、まるであの日のようだった。

その後、退院したユキテルは野球部を辞めた。肩は完治しているというのに、いつも通りのあっさりした顔をして。
「さみしいですー」
なんて、他愛もない言葉だとでも言うように、
「もの足りないのは今だけだ」
などとひらひら手を振っていた。遠く、グラウンドから「集ー合ー!!」と声がかかれば、離れる準備を整える自分たちには確かに他愛ない言葉なのかもしれない。走り出したハラは、けれど今度はすぐに振り返った。まだ夏の日差しが照りつけている。コントラストでユキテルの歩く廊下はやけに暗く感じる。外に出ようとしていた、人影がそっと右肩を見た。ハラは前を向く。きっと、ユキテルの日焼けはすぐに薄れてしまうのだろうなと思った。ユキテルの思いはそちら側にあったのだ。初めから。
グラウンドまでがやけに遠い。光る土を見て、なぜかあの日の病室を思い出した。白い、病室。
あぁ、ヒナ。あんな台詞を言わせるなんて、お前は確かにドSの妹だ。
ハラは微かにうつむいてから、また前を向いた。先輩たちが待っている。足を速めた。

好きよ。

作品名:ひとりとふたり 作家名:フミ