ドリーム・パーク/1~オープン戦編~
試合前
長袖でも寒いころに始まるオープン戦は、桜の花が散るのと共に終幕を迎える。2月中は調整、ルーキーの実力の見極めといった感の強かった雰囲気は終幕に近づくと共に少しずつ変化し、最終的には、ペナントレースとさして変わらない面々が顔を揃えることとなる。
オープン戦の結果が芳しくない東海ストローハッツではあったが、残り1戦となるその日も、オープン戦開幕からほとんど変わらないスターティングメンバーが発表された。それはつまり、そのメンバーがほぼそのままペナントレース開幕戦に起用されるということに等しい。
「勝ちてえな、今日は……」
「……ああ」
見慣れたグラウンドを見渡しながら、サンジは帽子を深く被りなおした。今日、風は強いが日差しも強い。横ではゾロがいつも通りの無表情だが、なんとなく、その横顔から緊張が僅かに感じられる。
アウェー、地方球場を巡り、今日は久々のホーム『東海イーストスタジアム』での試合だ。外野席はコンクリートだわ、雨漏りはするわ、無駄に広いわとあまり良いところのない本拠地ではあるが、さすがに今日は応援団が入っているし、ぱらぱらとレプリカユニフォームを着たファンの姿も見える。
寒さでぶるりと震えるのを、武者震いと誤魔化した。
「しゃーッ! 行くぞてめえら!」
「高校野球かよ……」
そんなことをぼやきながらも、一番に飛び出していく選手会長フランキーに続き、選手たちは続々とベンチから飛び出した。もっとも、飛び出して真っ先にするのは、いつも通りの柔軟体操なのだが……。
「張り切ってるな」
そんな様子をベンチから眺め、ベックマンは微笑した。横では、シャンクスが最近お気に入りだとかいうキシリトールキャンディーの包み紙をペリペリと捲っている。
随分と暢気な光景だが、この2人こそ新生東海ストローハッツの象徴とも言うべき人物、新ヘッドコーチと、新監督である。
「いいねェ、若いってのは。最終戦とは言え、オープン戦らしからぬ雰囲気じゃねえか」
飴を口に放り込み、のほほんとした口調でシャンクスが言った。
「俺が欲しかったのは、コレだよベックマン君」
「そりゃまた……」
グラウンドの向こうでは、マスコットのドクトル・チョッパーが、新マスコットのサニー君へ密かにメンチを切っている。それを野次っている古参らしきファン。外野席では、どうやら恒例行事のバーベキューが行われているようだ。
「選手たちはともかく、牧歌的な光景じゃねえか。勝とうが負けようが、これだけは昔っから変わらねえなァ。いかにも地元球団って感じで、見ていて楽しいじゃねえか。多少人数は減ったが」
「多少ってレベルでもないがな」
赤髪のシャンクス。かつてストローハッツにも一瞬だけあった黄金時代を象徴すべき大選手だ。いや、“元”大選手か。ともかく、あのころのイーストスタジアムには活気があった。どことなくのんびりしていたのは今と変わらないが、それに上乗せされる熱気と興奮があったものだ。
「……戻ってくるさ。野球にはその力がある」
「あんたは昔もそんなことを言ってたっけな」
「そうだったか? 忘れちまった」
ベックマンもまた、ストローハッツ黄金時代を築いた名選手として、ファンたちの間で話題に上る人物のひとりだ。シャンクスの1年後輩として入団した彼は、たった一度だけ、シャンクスに問いかけたことがあった。
『プロ野球チームに必要な条件とは、なんだと思う』
――それは、試合中の何気ない問いかけだったか。それともベンチの中でだったか、酒を酌み交わしながらだったか……詳しいことなど今となっては思い出せないが、そのときシャンクスが不敵な笑みを浮かべながら出した答えは、ベックマンの中に未だ強く輝きを放ちながら留まり続けている。
「俺たちが、チームを作る。そして野球を創る。その一歩は前に進んでいるのか横なのか後ろなのか、さっぱりわかりゃしねえが、ともかく一歩は一歩さ」
言葉の力強さは、あのころから何も変わっちゃいない。
「楽しい野球をしようぜ」
春風が、一陣。グラウンドをビュウと駆け抜けた。
*
『東海イーストスタジアムよりお送りいたします黒海スリラーバーク対東海ストローハッツ戦、現在グラウンドではスリラーバークの守備練習が行われております。本日両ティームともにオープン戦最後の試合ということで……いかがでしょうか、解説のフォクシーさん』
『フェフェ、まあこの試合で、スリラーバークは丁度良く開幕前の肩慣らしができるだろうなァ。対しストローハッツは……あー、これまでの試合散々だって聞いてるけど』
『これまでの19試合中、4勝13敗2分け……調整のためのオープン戦とは言え、確かにこれは、あー、あまりにも芳しくないと言いますか』
『ま、付け焼刃の補強に失敗したってとこだろうなァ、フェフェフェフェフェ……』
(しかし、散々言うなァこの人。つい5年前まで自分もそのチームにいたんだろうに……)
銀狐のフォクシー、元ストローハッツ中継ぎ投手。社会人野球からドラフト指名で入団し、ナックルボーラーとして活躍を期待されたが、面白いくらいストライクが入らず、出場してはフォアボール記録を更新し続けた男である。シャンクスやベックマンとはまた別の意味で、この男のことが印象に残っているストローハッツファンも多いことだろう。
イーストテレビアナウンサー、メリーは、内心でため息を吐いた。ここ最近マスコミから叩かれるわ馬鹿にされるわと散々なストローハッツではあるが、イーストテレビはストローハッツのスポンサーということもあり、最低限チームに好意的な報道を続けてきた。OBであるフォクシーを解説として呼んでいるあたりもそういう姿勢が窺えるのだが、これではむしろ逆効果にすら思える。
とは言え、確かに今現在どう頑張っても褒めるところのほとんど見つからないストローハッツだ。スタンドにちらほら見える観客の顔もどこかぼんやりとしている。視聴率も低迷の一途を辿っているし、ストローハッツの苦境がまるで目に見えるかのようでもある。観客がほとんどいないにも関わらず無駄にだだっ広い外野席を皮肉ってファンたちが始めたバーベキューパーティも、ここ数年ですっかり恒例行事として定着してしまった始末。新マスコットキャラクターのサニー君が試合前のグラウンドでさかんにファンたちに愛嬌を振りまいているが、チームの現状を考えると実に空しい光景である。
「しかしあのサニー君とやらは、あんまりかわいくねえなァ」
「そ、そうでしょうか? 私は結構いいかと思いますが……」
「ダンスにキレがあるのが逆に気持ち悪い。あの、なんだっけ、ドクトルチョッパー? あれも微妙だけどな。俺の方がかわいいだろ」
「いやあ……」
「あ、ドクトルチョッパーがサニー君に」
「え? あ、な、なんというかあれは」
「メンチ切ってるな」
「ええ!」
「気分の良いもんじゃないだろうよ、マスコットの座を奪われたとも思ってんじゃねえのかね。フェフェ、チームの雰囲気そのまんまじゃあねえか」
作品名:ドリーム・パーク/1~オープン戦編~ 作家名:ちよ子