夕立ち
俺で良ければ、の話だけどな
【夕立】
「やまないあるねぇ…」
夏。
この季節にはよくある事だ。
さっきまで気持ちよく晴れていた空が、突然にその表情を変え、大量に大粒の雫を落としていく――
夕立である。
窓辺から雨の降る空を見上げていた耀は、背後からの物音に振り返った。
「どうだ?雨は」
「いーや。全然やむ気配ねーあるよ」
ティーセットを載せたトレイを片手に、アーサーが部屋に入ってきたところだった。
彼は空いているもう片方の手で、後ろ手にドアを閉める。
「せっかくお前がウチに来てくれたのにな……。季節柄、仕方ねぇのかもしんねーけどよ」
ブツブツ文句を言いながら、アーサーはポットとカップをテーブルに並べていく。
そして、手際よく紅茶を注いでいった。
漂ってきた香りに、すん、と耀は鼻を鳴らせた。
「……アールグレイ?」
「お、正解。すっかり覚えちまったな……っていうか、よく香りだけで分かったなぁ」
「ばーか、紅茶に関してどのくらいの付き合いだと思ってるあるか」
「へーへー。……ほら、熱いうちに」
す、とアーサーは耀に紅茶の注がれたカップの乗ったソーサーを差し出す。
アーサーへ向き直り、耀はそれを受け取った。
「謝謝」
耀が熱い紅茶を一口飲んでいる間に、アーサーは自分のカップに紅茶を注いでいた。
それから、ポットを脇に避けていると、二人ともいじっていないのにカチャカチャとティースプーンで何かを混ぜる音が聞こえてきた。
カップの方へ視線を戻すと、小さな少女のような妖精たちが、数人でアーサーのカップに砂糖をこれでもかというほど注ぎ込んでいた。
一瞬動きを止めた後、アーサーは席を立って言い放った。
「おいこら!何やってんだお前らぁあ!!」
アーサーの怒号が飛ぶと、妖精たちは笑いながら部屋の外へと飛んでいった。
ひとつ、溜め息が漏れる。
「――ったく、あいつらと来たら……。あぁ、ごめんな?騒いじまって」
一部始終をぽかんとした顔で見ていた耀だったが、アーサーの一言で、ぶっと噴き出した。
「ぅおい!なんで笑うんだよっ!」
「ぷくく……賑やかな家あるね」
ふふ、と微笑みながら、耀はもう一口紅茶を飲み込んだ。
アーサーはなんなんだよ、と言いながら、持って来ていたティーセットから新たなカップを取り出し、紅茶を淹れ直していた。
二口目を飲んだ後、耀はカップをソーサーへ置くと、また窓の外へ視線を移してしまった。
僅かな沈黙の間にも、激しい雨の音が響く。
アーサーも一口、紅茶を飲む。
そして、動きを止めたままの耀に、一言声をかけた。
「耀?」
少しだけ間を置いて、耀がぽつりと呟いた。
「雨……やまねーあるな……」
その言葉に、アーサーも窓の外を見た。
叩きつけるような雨粒が、地面に向かってほぼ垂直に落ちていく。
「そうだな……。単なる夕立のはずなん――」
ふと耀へと視線を移して、後に続くはずだった言葉は飲み込まれてしまった。
窓の外を見つめる、その瞳は。
降りしきる雨ではなく、灰色に染まる街ではなく。
もっと遠くの何処かを。
寂しそうに、見つめていた。
そんな素振りは微塵もしていないのに、アーサーの目に、耀は今にも泣き出しそうに映ったのだ。
「……大丈夫か、耀」
一瞬目を伏せてから、耀はアーサーへ振り返った。
「ん、平気……ある」
先程と同じように、耀は微笑んだ。
それからまた、紅茶を口に運ぶ。
その姿を見つめながら、アーサーは不意に呟いた。
「……俺んトコで良ければ、いつでも来いよ」
「え――」
驚いた耀が顔を上げると、二人の視線が交わる。
一瞬だけ、激しい雨音がやんだ気がした。
照れ隠しに視線を外しながら、アーサーはカップを口に寄せた。
「なっ……なんでもねーよ……」
手元のカップを握り締めながら、耀はアーサーに問うた。
「……どういう意味あるか?」
カチャリ、とアーサーもカップを置き、改めて耀を見た。
少しだけ、瞳を細めて。
「此処に居れば、雨に濡れる心配もねーだろ」
例えば、外の雨がやんだとして。
お前の中の雨がやまないのなら。
俺が、お前の傘になるから。
fin.
【夕立】
「やまないあるねぇ…」
夏。
この季節にはよくある事だ。
さっきまで気持ちよく晴れていた空が、突然にその表情を変え、大量に大粒の雫を落としていく――
夕立である。
窓辺から雨の降る空を見上げていた耀は、背後からの物音に振り返った。
「どうだ?雨は」
「いーや。全然やむ気配ねーあるよ」
ティーセットを載せたトレイを片手に、アーサーが部屋に入ってきたところだった。
彼は空いているもう片方の手で、後ろ手にドアを閉める。
「せっかくお前がウチに来てくれたのにな……。季節柄、仕方ねぇのかもしんねーけどよ」
ブツブツ文句を言いながら、アーサーはポットとカップをテーブルに並べていく。
そして、手際よく紅茶を注いでいった。
漂ってきた香りに、すん、と耀は鼻を鳴らせた。
「……アールグレイ?」
「お、正解。すっかり覚えちまったな……っていうか、よく香りだけで分かったなぁ」
「ばーか、紅茶に関してどのくらいの付き合いだと思ってるあるか」
「へーへー。……ほら、熱いうちに」
す、とアーサーは耀に紅茶の注がれたカップの乗ったソーサーを差し出す。
アーサーへ向き直り、耀はそれを受け取った。
「謝謝」
耀が熱い紅茶を一口飲んでいる間に、アーサーは自分のカップに紅茶を注いでいた。
それから、ポットを脇に避けていると、二人ともいじっていないのにカチャカチャとティースプーンで何かを混ぜる音が聞こえてきた。
カップの方へ視線を戻すと、小さな少女のような妖精たちが、数人でアーサーのカップに砂糖をこれでもかというほど注ぎ込んでいた。
一瞬動きを止めた後、アーサーは席を立って言い放った。
「おいこら!何やってんだお前らぁあ!!」
アーサーの怒号が飛ぶと、妖精たちは笑いながら部屋の外へと飛んでいった。
ひとつ、溜め息が漏れる。
「――ったく、あいつらと来たら……。あぁ、ごめんな?騒いじまって」
一部始終をぽかんとした顔で見ていた耀だったが、アーサーの一言で、ぶっと噴き出した。
「ぅおい!なんで笑うんだよっ!」
「ぷくく……賑やかな家あるね」
ふふ、と微笑みながら、耀はもう一口紅茶を飲み込んだ。
アーサーはなんなんだよ、と言いながら、持って来ていたティーセットから新たなカップを取り出し、紅茶を淹れ直していた。
二口目を飲んだ後、耀はカップをソーサーへ置くと、また窓の外へ視線を移してしまった。
僅かな沈黙の間にも、激しい雨の音が響く。
アーサーも一口、紅茶を飲む。
そして、動きを止めたままの耀に、一言声をかけた。
「耀?」
少しだけ間を置いて、耀がぽつりと呟いた。
「雨……やまねーあるな……」
その言葉に、アーサーも窓の外を見た。
叩きつけるような雨粒が、地面に向かってほぼ垂直に落ちていく。
「そうだな……。単なる夕立のはずなん――」
ふと耀へと視線を移して、後に続くはずだった言葉は飲み込まれてしまった。
窓の外を見つめる、その瞳は。
降りしきる雨ではなく、灰色に染まる街ではなく。
もっと遠くの何処かを。
寂しそうに、見つめていた。
そんな素振りは微塵もしていないのに、アーサーの目に、耀は今にも泣き出しそうに映ったのだ。
「……大丈夫か、耀」
一瞬目を伏せてから、耀はアーサーへ振り返った。
「ん、平気……ある」
先程と同じように、耀は微笑んだ。
それからまた、紅茶を口に運ぶ。
その姿を見つめながら、アーサーは不意に呟いた。
「……俺んトコで良ければ、いつでも来いよ」
「え――」
驚いた耀が顔を上げると、二人の視線が交わる。
一瞬だけ、激しい雨音がやんだ気がした。
照れ隠しに視線を外しながら、アーサーはカップを口に寄せた。
「なっ……なんでもねーよ……」
手元のカップを握り締めながら、耀はアーサーに問うた。
「……どういう意味あるか?」
カチャリ、とアーサーもカップを置き、改めて耀を見た。
少しだけ、瞳を細めて。
「此処に居れば、雨に濡れる心配もねーだろ」
例えば、外の雨がやんだとして。
お前の中の雨がやまないのなら。
俺が、お前の傘になるから。
fin.