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小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章

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universe07 未来へ向かって


 ……1時間経過。
 アナスタシアは内蔵時計の時間を確認して、頭の中で呟いた。
 ずっと暗い鉱内にいるせいか、気を抜くと時間の感覚がずれかねない。案の定、体内時計の狂いが体力を消耗させているらしく、ファビアの顔色が悪い。
「明かりが灯された形跡はないですわ」
 通路に並ぶ電球を観察しながら、小声で言った。電球の表面には大気中に漂う細かい砂が付着している。発光して熱が発生していれば、水分を失って固まりひび割れて落ちているはずだが、それがない。
「さっきの三人も、先導していたのはキャストでしたしね。ここに出入りしているのは灯りの影響を受けないキャストばかりだと思って間違いなさそうです」
 小声で答えるファビアに、アナスタシアは頷いた。
 二人には、真っ暗な廃鉱の中でも明かりは必要無い。アナスタシアはメインカメラに暗視能力を備えているし、ファビアもニューマン特有の知覚で、フォトンの流れを読むことによってある程度の視界は得られている。
 相手から認知される事を懸念して灯りは使っていないが、向こうもキャストばかりである可能性が非常に高いと分かった今、こちらが手玉に取られる可能性もある。
 そんな、あまり良い状態ではないことがファビアの疲労を増長させていた。
 ……そうだ。労力の割に、「分かりやすい成果」が得られていない。敵の勢力は? どのような相手なのか? その目的は……?
 全てが謎のままで、用意された罠へと向かっている一本道を、わざわざ歩いている気にさえなる。
「いやいや」
 ファビアは独りごちて、かぶりを振った。疲れているせいか、否定的な考えばかりが先行する。
「アナスタシア」
 不意に立ちどまり、ファビアが言った。
「5分だけ、時間を頂けますか。祈りを捧げたいのです」
「……分かりました。少し休憩しましょう」
 大きな道から少し外れて、二人は腰を降ろした。アナスタシアはボディのモードを切り替えてから、機体をゆっくりとクールダウンさせていく。
 ファビアは眼前で両手を合わせ、心の中で呟き始めた。
(偉大なる神よ、フォトンを捧げし者よ。私は父の熱き御心と、母の豊かなる視線によって育てられました。どうか、あなたたちの力を受け継いだ私に、勇気をお与えください……)
 ニューマンの間ではB.A.800年頃――タルカス三惑星同盟締結を基準とし、それより800年前――より、ニューマンの精神とフォトンの密接な関係性よりフォトンを神格化し、崇拝する「グラール教」が大きな勢力を持っている。
 が、ファビアはその信者ではなかった。
 彼は世にも珍しい、「両親崇拝者」である。
(……勇気を)
 ファビアはゆっくりと息を吐いた。それが合図で、アナスタシアは彼が平常心を取り戻したのだと気づく。
「お待たせしました。もう大丈夫です」
「……ファビアは、ご両親を尊敬されているのね」
「尊敬? とんでもありません。崇拝しています」
 アナスタシアは答えずに苦笑した。質問に対しての答えとしては間違っていないが、100点満点の正解でもない。何より、常識の理解の範疇を超えている。
「……実は、私の両親はヒューマンだったんです」
「……!」
 アナスタシアは驚いた。……噂には聞いてはいたが、こんな身近にその本人がいたとは。
「ファビア、じゃあ貴方は……」
「そう、『取り換え子(チェンジリング)』です」
 ごくまれに、こういった現象が起こる。ニューマンはヒューマンの遺伝子から生まれており、ヒューマンとニューマンのハーフはニューマンとなる事が多く、優性遺伝子なのは昔から分かっている。だから、チェンジリングという現象は単なる先祖返り、つまり隔世遺伝だと科学的に証明されてもいるのではあった。
 だが、人間の心情は複雑なもので、頭では分かっていてもその現実を受け入れるのは難しい。
 よって、彼らは「悪魔の子」とも言われ、時と場合によっては迫害の対象になる事さえある。
「そんな環境の中で、私を育てるにはさぞかし苦労したと思います。ですが、私の記憶の中の両親は、そんな事を一切表に出しませんでした」
「……」
「そんな生まれのせいか、私は幼い頃から虚弱体質でした。何度も小さな病にかかり、何度も死にかけたそうです。しかし、そんな私を、両親は立派に育てくれました。成長だけでなく、人としての心得、精神、そしてガーディアンズとしての有り方。彼らに対する思いは、感謝の域をとうに超えています。そして、今でも両親は私の中にいて私を見守ってくれているんです」
 ファビアはゆっくりと瞳を閉じて、暖かい気持ちを表現するかのように、左手を胸に当て、それを反対の手で優しく包んだ。その微笑みは、暗闇という事もあいまって聖なるオーラさえ感じさせる。
「……そういえば、いろいろな事を話す機会がなかったですわね、私たち」
 ふと、思い出したように言いながら微笑むアナスタシアは弱々しく見えた。何度も同じ任務に参加しながら、こいうったデリケートな話を本音で話し合っていなかった事に気付いたからだ。
「この任務が終わったら、ゆっくりと飲みにでも行きたいですわね」
「ええ。……アナスタシアは、結構いける方なんですか」
「そうですわね。……人工脳ではなく生体脳を選んでいる理由の一つが、『お酒を楽しみたいから』なのは否定できませんわ」
 言いながらアナスタシアは無邪気に微笑んだ。
 ――いつも任務遂行に忠実な彼女に、こんな一面があったとは。ファビアも微笑み返して、ゆっくりと息を吸った。
「いえ、私たちならきっと大丈夫です。必ず達成して、早くコロニーに帰りましょう」
「ええ……こういう時は、ガーディアンズの未来を誓うべきかしら? それとも私たちの繁栄に?」
「そうですね……ガーディアンズ、そして我々の……」
 ファビアは少しだけ間を置いてから、静かに答えた。
「未来へ向かって」