小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章
体制を立て直さなきゃ……オルハは迷わず短銃を離した。そのまま後ろへ重心が移ったのを利用して後ろに飛び退いた。後方に回転しながら距離を離し、空中で首の後ろのナノトランサーに左手を持ってゆき予備の銃を取り出す。
着地の直前、オルハは後悔した。回転中、イオリから視線を離してしまったからだ。無論、それをイオリがむざむざと見過ごすはずがない。
目の前、約1メートルに彼は近づいていた。
……まずい。
これは、刀の間合いだ。
体重を乗せた一陣が、右上から袈裟掛けに切りかかる。
オルハはとっさに右足を出した。狙うは振り上げたこの瞬間の、肘。右足裏を肘に押し付け、体重を乗せる。伸びきっていなかった腕にははねのける力は無い。そしてそのまま肘を支点にして、全身のバネを使い空中で華麗に後方回転してから、地面に降り立った。
「……実に良い」
「え?」
「若い故、技量は疑わしいと思っていたが。天賦の才か」
「……何ソレ」
「褒めているのだよ。若い割に実戦経験豊富だ。しかも野生動物を思わせる身のこなしは弾ける若さを感じさせる。……実に良い」
ニヤリと笑う顔に、オルハは心底ゾッとした。この状況を心から楽しんでいるのは同じだが、オルハのそれとは違う喜び。暗く、じめじめとした、泥水のような陰鬱さ。その恐ろしさに、オルハは軽蔑に近い感情を覚えた。
「あんたとやるのは……楽しくない」
「……?」
「ボクとあんたは全然違う。褒められても嬉しくない」
イオリは一瞬、呆けた顔で見ていたが、右手で顔を覆いながら嘲笑してから、答えた。
「……くくく。斬りつけるような言葉、若いのう」
「ボクを子供扱いするなッ!」
オルハが突進した。
目の前で左腕が上がるのを見る。反射的にイオリは銃弾を警戒して刀を構える。
「……なんてね♪」
その左腕から、目の前に飛んできた物を見てイオリは愕然とした。短銃の弾なんかじゃない。円形の平たい箱。
高圧電流を放ち、目標の動きを止める"ショックトラップ"だ。
「く……!」
剣を引くのが間に合わない。イオリの刀がトラップに触れた瞬間、全身を鋭い刃で中から切り裂かれているかのように感じる。凄まじい電流が、体内を駆け抜けているのだ。
半分閉じたまぶたをこじ開け、地面に突き立てた刀に体重をあずけてなんとかイオリは立っている。その視界に、オルハが背を向けて走り出しているのが映る。
「く……そうくるか」
イオリは呟く。オルハはとっくに闇に紛れていた。
「隊長……追いかけます!」
「……やめ……とけ。お前らでは……かなわんよ」
絞り出すように話すイオリに、団員の一人が小型のスプレーを取り出して吹きかける。"ソルアトマイザー"という、人体にあらざるべきものを浄化する薬だ。イオリは体のしびれがすぐに抜けていくのを感じる。
「……型を持たず、非常に実戦的だな。若いのに、あなどれん娘よ。山猫のようなたくましさだ」
言って、イオリはどっかと腰を降ろす。
「娘の荷物を調べろ。何か出てくるかもしれん」
「はい」
「……若さ故、か」
イオリは呟いて、自分に言い聞かせるかのように続けた。
「血の海でのたうつ様を、見たくなったわ」
その笑顔は、夜の闇に溶け込んでより不気味に見えた。
作品名:小説PSU EP1「還らざる半世紀の終りに」 第1章 作家名:勇魚