呼ぶ声
空気を吸っては吐く。その繰り返しの波が異常に速い。
並みの速さで行われれば何とも感じないのに、少し速くなるだけで苦しくなるなんて。
おかしなものだと思いつつ、初芽は身を起こす。
この過呼吸が誰のものかは知っている。
隣で眠る、石田三成のものだ。
初芽は三成を見る。
三成は苦しげに過呼吸を繰り返し、その合間にも「いえやす」だの「ひでよしさま」という名前が聞こえる。
そこに自分の名が無いことに仄かな嫉妬と悲しみを覚えつつ、袋か何かを持ってきて過呼吸を止めねばとも思う。
ふと三成の唇に目をやる。
三成は苦しげに呼吸を繰り返し、何かを振り払うように手を空に泳がせている。
(この人の苦しみを、私の手で少しでも、)
三成に覆い被さるように、初芽は体を動かした。
(楽にしてあげたい)
三成の肩を布団に押し付け、三成の唇と自らのそれを強引に重ねる。
初芽が適度な速さで呼吸をすると、三成の呼吸もそれに導かれるように段々ゆっくりになる。
初芽が唇を離した頃には三成は静かな寝息を立てていた。
改めて彼の寝顔を見る。
美しい顔をしている。
切れ長の目、色白の肌、花の様に淡い紫の髪。
先程吸い付いた唇もよい形をしている。
首から下に目を向ければ、細い首筋がまず目に入る。
男、武将の割には細い体をしている。
戦わないでほしい。この美しい体を傷つけないでほしい。
違う。貴方が。貴方が傷つかないでほしい。
(貴方が傷つかなければ、それでいい)
口に出して言うことはできない。それでも、思わずにはいられない。
(傷つかないでください)
初芽は悲しげな表情で、三成の髪を優しく撫でる。
その時、三成は眠りつつも「はつめ」と彼女を呼んだ。
(あ、)
ただの寝言。それでも彼女は目頭が熱くなるのを感じた。
(呼んでくれた)
もう、てっきり私のことは目に入っていないと思っていたから。
名を呼んでくれた。
少女の様に、それだけで喜びで胸がいっぱいになってしまう。
小さく微笑む。
今は、これでいい。
ちょっとでも私を見てくれるなら。
少しでも貴方に想ってもらえるのなら。
(初芽は幸せです)
初芽は優しく、悲しげに微笑んだ。