「ああこいつ、気に食わない」
竜ヶ峰帝人は何もないふりが上手かった。何が起ころうともにこにこと無邪気な笑顔で笑い、自分で結論をだすことに長けていた。そんな帝人の短所を、平和島静香は知っていた。だからこそ、縁側で茶菓子を啄みながら笑顔で静香と話していた帝人の様子に気付けたのである。
「みか、どうかしたの?」
首を傾げて問いかければ、帝人はみるみるうちに狼狽したような表情を浮かべた。疑念ではなく確信を持って問いかけた静香の瞳に毛落とされた様子で、帝人は何重にも 誰にも言わないでほしい と言い含めた後で、自らが奉公している家の長女の名前を出した。ぴくりと肩を震わせた静香をおどおどと見上げながら、帝人は着物の裾を引っ張る。
「甘楽お嬢様が 私に、その お戯れを」
もじもじと視線を落としながら、しきりに足を擦る帝人を見て、静香は体中の血液が瞬時に沸騰した感覚に見舞われた。帝人は ひ と声を上げて静香を見つめ、ぎゅう、と静香の腕を掴む。何もされてないです、言い募った帝人の健気さに激昂した感情を少し抑えられた静香は、どういうことなのか問い詰める。
「・・・手籠めにしようとしたってこと?」
「あの、その け、けど 最後までは 本当に」
しずさん、誰にも言わないでください。帝人は静香の腕を押さえたままふるふると体を震わせた。奉公先の相手に迫られた、話を聞く誰もがそれを信じまい。折原甘楽の美しさと聡明さは誰もが知るところであり、下手をすれば糾弾されるのは帝人であることを理解している静香は大丈夫だと帝人の肩を撫でた。
「大丈夫、みか。誰にもいわないから 」
「しずさん、本当に、お願いしますね。後生ですから 」
こんなことを知られてしまったら父母になんていったらいいか。帝人がかたかたと震えながら何度も静香に頼み込むたび、静香は 辞めてしまえ という言葉を呑みこんで頷いた。
「・・・あれぇ、用心棒さん?」
帝人の必死な頼みから数日後。からん、音を鳴らして立ち止まった甘楽へ、静香は無表情のまま頭を下げた。荷物を手に持っている甘楽は、にこりと人好きのする笑みを浮かべる。静香は腕を組み、仕事なんで と無愛想に呟きその場から離れようとした。
「みかちゃんって凄く肌が綺麗なんだよねぇ」
ぴくり、肩を潜めて歩みを止めた静香へ、甘楽は着物の裾で口元を隠しながら くすり と笑ってみせる。余裕ぶったその表情が厭らしく思えた静香は、さらりと髪を揺らして甘楽に向き直った。
「・・・みかに何をしたの」
「やだぁ。みかちゃんは家の女中だよ?主人がどう扱おうが勝手だよね?」
甘楽は笑いながら首を傾げ、静香に そうじゃないの と問いかけた。怒りで眩暈さえした静香へ、甘楽はふと笑顔を止める。
「嫌いなの。みかちゃんの幼馴染って立ち位置も、何かにつけみかちゃんに頼られてることも 全部」
だいっきらいなの。甘楽は呟き、静香が溜め息をついて石でできた灯籠を掴んだのを見てとって 野蛮 と一言吐き捨てた。
「みかちゃんはどう思うかしら」
灯籠を地面から引っこ抜きかけていた静香は、動揺して力を抜いてしまう。からん、音を立てて地面を蹴った甘楽が くすくすと笑いながら首を傾げた。
「用心棒さん みかちゃんには近寄らないでね!怖いそんな力で家の女中を潰されたくないもの!」
じゃあね 甘楽は笑いながら静香の隣を横切った。ぎり、と唇を噛み、灯籠を頭に命中させて怪我を負わせたい衝動を繰り返し抑えてから、静香は帝人を思い浮かべて眉を歪めた。
「・・・好きなのに ・・・」
何も、できないの? 静香が呟いた一言は、誰にも届くことなく空気のなかに消えうせる。
--------------------
和風パラレルにしようと努力した痕跡すらない件について
作品名:「ああこいつ、気に食わない」 作家名:宮崎千尋