トマト畑で捕まった!
「…熱い…」
日差しの強さに目がチカチカする。顎から滴る汗を拭い、照りつける太陽を見上げれば目が痛い。プロイセンは麦わら帽子のつばを深く下げると、息を吐いた。
「ぷーちゃん、親分、一生のお願いや、収穫手伝って!!」
付き合いの長いフランス経由で知り合った悪友のひとり、スペインに泣きつかれ、現在、太陽の沈まない情熱の国へ、トマトの収穫作業の手伝いに刈りだされ、今日で一週間。何度か逃げ帰ろうとしたものの、脅し宥め賺され、懇願され、労働後の飯の美味さに絆され結局、ずるずると一週間が過ぎた。北での実入りの少ない寒い事務所で書類に囲まれる労働に励んでいた頃よりは、収穫という単純作業は成果がすぐ目に見える点で、働いたという実感がもてた。
「ここの棚も後ちょっとだし、頑張るか」
鋏を握りなおす。かごに摘まれていく赤い熟したトマトは甘い。ひとつひとつ丁寧に切って、かごに入れていくという簡単な作業だが、薄暗い部屋で書類を捌いていくよりは余程、健康的だ。…でも、熱い。額を、頬を、つうっと汗が滑っていく。日焼け防止用のシャツが肌にべったりと張り付いて気持ちが悪い。
(…熱い…)
ちょきっと茎を切る。…眩暈がする。ふるふると首を振って作業を続ける。
ちょき、ちょき…。
赤がぐるぐる回る。肥大する。こんなデカいトマト、見たことねぇな。…その瞬間、視界が揺らいだ。
「…危ないなぁ。もう」
剥きだしの大地と濃厚な抱擁を交わす寸前、後ろから誰かにプロイセンは抱きしめられれた。
「ちゃんと水飲みながら、作業せい言うたやろ。言うこときかんから、こないなるんやで?」
唇にプラスチックの感触。潤すような冷たい感触に唇を開けば、ひんやりとした感触が喉を流れていく。その冷たさに瞬けば、スペインの新緑の瞳がほっとしたように瞬いた。
「…あれ?お前、向こうで作業してたんじゃなかったけ?」
ぼんやりとしていた意識がちょっとだけ浮上する。抱きかかえられたまま見上げれば、スペインは溜息を吐いた。
「あれやないよ。昼の鐘が鳴ったのに、お前が来んから迎えに来たんやろ。脱水症状起こして倒れんといてや。ドイツに俺、殺されるやん」
「…鐘、鳴ったけ?」
「鳴った鳴った。今日もゴーンゴーン、うるさく鳴ったわ」
「…気がつかなかったぜ」
「今日は特に暑いからな。頭、ぼうっとしとって聴こえへんかったのやろ。この日差しはプーちゃんにはきつかったなぁ。気が利かんとごめんなぁ。でもまあ、喋れる余裕があるってことは症状は軽そうやな。立てるか?」
スペインの腕を借りて、立ち上がる。…軍事国家…元だが、日差し如きに負けてしまうとは。
「大丈夫」
そうは言ってみたものの、立ちくらみに足元がふらつく。倒れると思った瞬間、抱き寄せられ、プロイセンはスペインの腕を掴む。
「…わりい」
「別にええよ」
麦わら帽子の日陰が不意になくなり、視線を上げる。目の前には翳って濃くなったスペインの緑。荒れた指先がプロイセンの顎を滑る雫を拭う。頬を撫でた指先が汗でぐしゃぐしゃになった短い髪の間に滑る。その髪にスペインは鼻先を埋めた。
「…おい、やめろよ。汗臭いだろ」
唐突な行動にプロイセンは眉を寄せる。くしゃくしゃとスペインの指先は濡れた髪を弄る。
「…汗臭くなんかあれへん。…プロイセンの匂いがする」
頭皮をぬるりと何かが滑り、それがスペインの舌だと解るのに数秒。行動の不可解さに熱さも相まってか思考がフリーズする。指がカーブを描く頭を撫で、首筋へと落ちる。首に巻いていたタオルが引き抜かれ、襟ぐりがぐっと引っ張られる。
「…ちょ、ヤ…」
ぬるりと舌が滑る。我に返れば、首筋を耳の後ろをきつく吸われ、心臓が跳ね上がった。
「やめろって!!」
スペインから逃れるようにプロイセンが腕を突っ張れば、スペインは緑を瞬いた。
「…お前な、熱くて頭、イカれたか?俺はお兄様じゃねんだから、んなことすんなよな」
「そんなん解っとるよ。お前はロマーノやあらへんことくらい」
「なら、なんで」
「そんなん、好きな子が無防備に腕の中おるんや。ちょっと触ってみたくなるやん」
緑は熱さに茹だっているようでもなく、涼んでいる。プロイセンは眉を寄せた。
「お前の好きな子って、お兄様だろ?」
「ロマーノは子分やもん。子分は親分としてかまったらなあかんやろ」
「…お前の言ってることが俺様には理解出来ねぇんだが」
日頃のあの構いぷりと口を開けばロマーノの話ばかりなスペインの言動が子分に対するものだとはとても思えない。…と言うか、付き合ってるんじゃないのか?
「お前、お兄様と付き合ってんじゃねぇの?」
「え?何で?」
素でそう返され、プロイセンは混乱する。
「え?」
「付き合ってへんよ。俺、好きな子おるし」
シャツの裾を掴まれて、その先を辿れば真顔のスペインが真っ直ぐにプロイセンを見つめてくる。
「俺が好きなんは、お前や。プロイセン」
凶暴な太陽の日差しに映える新緑の眼差し。その視線に射抜かれ、プロイセンは言葉を失くすのと同時に気を失った。
「…って、言う夢をみた」
見下ろしてくるスペインを、カウチに寝そべったプロイセンは見上げる。
(あれは夢だ。きっとそうに違ぇねぇ。ここはトマト畑じゃないし、シャツも汗でべとべとしてねぇし。…スペインがマジ顔して、俺にあんなこと言うわけがねぇだろ。ケセセセセセセ…)
暑い所為にして、プロイセンはケセセと笑う。それを見下ろし、スペインはふうと溜息を吐いた。
「夢やあらへんよ。プロイセン、俺、本気やから」
不意打ちに真上から落とされたキスにトマトのように顔を赤くしたプロイセンの頬を、スペインは「ぷーちゃん、トマトみたいやんなぁ」と、にっこりと笑い突つくのだった。
オワレ!
作品名:トマト畑で捕まった! 作家名:冬故