厄介な愛に目を付けられた
(貴方を愛する私を愛す)
何処かで聞いたことのあるようなフレーズが僕の頭の中でループする。
まるでこの人のテーマのようだと満面の笑み(なのに小馬鹿にされているように見えるのはどうしてだろう)で目の前に立つ男、――折原臨也を見つめた。
そんな僕の頭の中を知る由もない(気付いてはいそうだが)臨也さんは、さらに笑みを深めてくる。
ちょっとだけ背筋がぞくっとしたのに首を捻れば、それに気付いた臨也さんが「そっち方面は意外に鋭い?」と言った。
「そっち方面?」
本気でわからなくて、捻った首をさらに傾ければ、臨也さんが初めて目を逸らした。その際何かを呟いていたようだが、幸運にも僕には聞こえなかった。
「子猫並みの警戒心だねぇ。まあこの池袋に住むからにはそのぐらいはあったほうがいいのかもしれないね。でなきゃ、帝人君みたいな可愛い子はすぐに食べられちゃいそうだ」
可愛いと言われ、僕は頬が熱くなったのを感じた。
それを見られたくなくて慌てて俯けば、頭の上で喉を鳴らして笑われた。
(むかつく)
顔はいいのに性格がよろしくないこの大人は、いつもいつもちょっかいを掛けてくるし、意地の悪いことだって言う。
人LOVE!をスローガンに掲げている彼のことだ、一々過剰反応する自分がきっと面白いのだろう。
都会初心者の自分に、この一癖どころが何百癖もありそうな大人を相手にしろというほうが無理なのだと、どこかの誰か(例えば紀田君あたり)に責任転嫁したいが、あいにくそれもできない。
それでも反論せざるをえないのは可愛くない性格だと自分でも思う。
「可愛くないです。あと、食べられるって何ですか。都会ではカニバリズムでも流行ってるんですか?いくら都会が怖いからってそれはちょっと異常・・・」
「そうゆう意味じゃないんだけどね。まあ、今はそれでもいいや」
「よくないって思いますけど、でも何か嫌な予感はするので追求しません」
「・・・・ほんと、勘はいい」
どんどん機嫌が良くなっている臨也さんに若干逃げ腰になってしまうのはどうしてだろう。
普段、紀田君に「その警戒心の薄さをどうにかしろというか好奇心と同じ比率にしなさい!」と常々言われているけれど、今もそういった状況なんだろうか。
この人といい、平和島さんやセルティさんとか、この都会には僕が憧れる非日常を体現しているひとがたくさん居る。
僕の好奇心は池袋に来てから擽られてばっかりだ。
それは悪いことじゃあない。
そう、むしろ望んでたことなのだけれど。
ちらりと、目の前の男の顔を見る。
どうしてだろう。
この人だけはボーダーラインが見えるのだ。
これ以上、近づいてはいけないというラインが。
(そう)(捕まったら最後)(二度と戻れない)
「帝人君?」
僕の名前を呼ぶ臨也さんに、反射的に愛想笑いを返す。
今、とても大切なことがわかりそうな気がした。
気付かないと命取りになりそうで、けれど気付いてしまうと後戻りできないような、そんな大切で重要なことを。
黙り込んだ僕を臨也さんがじっと見つめる。
その視線は透明でありながら濁っているような、不可解なものだった。
この時、僕は初めてこの人を(怖い)と思った。
そして同時に、もっと早くにそれに気付くべきだったとも悟る。
僕の自覚と臨也さんの行動、どちらが早かったかは僕の腕が彼の手によって拘束された時点で明白だ。
ぎしりと骨が鳴りそうなほど強く掴まれたのに、痛いとも抗議が出来ないほど僕は混乱していた。
(何がどうして逃げなきゃ早くこの人から危険だどうすれば何で僕が)
僕が唾液を呑み込んだと同時に臨也さんの切れ長の目が僅かに細まった。
本当にどうしてだかわからないけれど、とにかく(やばい)と思った。
逃げ出したい。今、この人の前から。
けれど肝心の身体は硬直して動かず、僕はただ、目の前の薄い唇がゆっくりと開かれるのを見つめるしかなかった。
「本当に君は可愛いね。俺は人を愛してやまないけれど、君は愛すると同時にとても可愛がりたいし苛めたくもなる。他ならぬ俺の手で、ね。他人の手が君に触れるなんて想像するだけで相手を殺したくなる。例えそれが愛する人間だとしても君が関わるだけで我慢できなくなるんだよね。どうしてかな?」
そんなの僕が知るかと言いたかったが、唇が震えて声も出せない。
彼の眸に滑稽な自分の姿が映っているのだと思うと、もう逃げ出す以上に消えて無くなりたいとさえ思った。
ガチガチに凝り固まった僕を臨也さんが心底愉快気に見て、そして言った。
「ねえ、これも愛なのかな?」
その瞬間、僕は周囲を気にせず大きな声で叫んだ。
いいえそれは断じて愛ではありません!
後日談
「へへへへへ平和島さん!」
「へが多い!・・・・・って竜ヶ峰じゃねぇか」
「お願いです!僕に平和島さんの連絡先教えてくれませんか!?」
「は?」
「本当にすみません突然、で、でも僕にとってはかなりの死活問題というか僕の未来が懸かっていると言っても過言ではない問題で何と言うか神様でも仏様でも何でも縋りたくて仕様が無いというか・・・!」
「ちょ、落ちつけっ。・・・別に番号教えるぐらいいいけどよ。何があったんだ」
「・・・・・・言わなきゃ駄目ですか?」
「そりゃあ、理由ぐらいは教えてもらわんと」
「うう、」
「竜ヶ峰?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・じつはですね」
「ああ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・本当に、今更かもしれないんですが」
「・・・・ああ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・臨也さんに目を付けられた、みたいな」
「あんのノミ蟲ーーーーーーーーーーーー!!!!!」
作品名:厄介な愛に目を付けられた 作家名:いの