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ペーパー@20100530

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「雨……か」
 ぽつんぽつんと屋根の端から降る雫を見上げて、覇王は呟いた。もうすぐ衣替えだというのに、シャツの一番上のボタンまできっちりとめ て、スボンをゆるめようともしない。端整な顔が憂いの表情を作ると、桜色の唇からため息がもれた。
 校舎の玄関先で、何度か鞄の中を確認しては外を見て困ったように目を伏せる事の繰り返し。その合間に携帯を操作しようと取り出してはディスプレイを眺め、しばらく躊躇して元の場所へ。彼には珍しく悩んでいるようで、素振りには力がない。
「……はぁ」
「あれ、覇王?」
「――っ」
 息をついた矢先に問いかけられ、慌てて覇王が振り向くと、ジムが曖昧な笑顔で立っていた。すらっとした長身に制服を着崩して、傍 らにはカレンという名のぬいぐるみ。覇王のクラスの留学生でもある彼は、流暢な日本語を使う。
「こんな時間まで残っているなんて珍しいね。何かあるのかい」
「……特には」
「今日は早く帰った方がいいよ。これから雨が強くなるみたいだから」
「そう……か」
 視線を落とした覇王を見て、ジムは首をかしげた。先程からの様子と考えると――
「――もしかして、傘を忘れたとか?」
「っ……」
 覇王は長い間沈黙し、やがてぼそぼそと呟く。
「………たまたま持っていなかった、だ」
「そうだね、朝は晴れていたから傘は必要なかったし」
 ふてくされた様子の覇王を気づかうように笑顔を向けて、ジムはふと少年の手元が気になった。手に持つ携帯の画面に自分の携帯番号が 映っている気がして。
「あれ、もしかして電話くれようとしていたのかな?」
「……!」
 一瞬で覇王の頬が朱に染まって、ひたすらに言葉が出てくる。
「いや、放課後残っていると聞いたので……十代に迎えに来てもらうよりマシだと……だから特に意味は」
「それならすぐに電話くれれば良かったのに」
 言い訳を遮るように、あっさり言ったジムに対して、覇王はわずかに眉を寄せる。
「迷惑だろう」
「そんなの迷惑じゃないよ」
「突然の電話は煩わしいのではないか」
「覇王からの電話なら大歓迎さ。勿論どんな内容でもね」
「しかし……」
 納得しきれない様子の彼を抱き締めて、ジムは言う。
「覇王はもう少し素直になっていいんだよ」
「素直?」
 問いかけてくる人は腕の中にすっぽり収まるくらい華奢で、どこか頼りなく見えた。ぶっきらぼうだが人を思いやる彼の性格は好ましく、少しもどかしい。
「自分のやりたい事をすればいいんだよ。覇王が喜んでくれれば、オレも嬉しいから」
「……甘やかしすぎだ」
「ああ、好きなだけ甘えてくれ」
 覇王はゆっくり息を吐いた。そのままジムの方に体重を預けて目を閉じる。
「……傘がない。雨避けになれ」
「イエスマイロード」
 おどけた調子で返事をすると、ジムは小さな手を取り口付ける。少し歩いて傘を開くと、覇王を招き入れて外へ促す。
「ちゃんとくっつかないと濡れるから」
「ん」
 素直に近づいた体を腰から抱き寄せた。雨のせいで少し肌寒い気温も、こうすれば温かい。
「……ジム」
「なんだい?」
「雨が降る間は外に出たくない」
「そうだね」
「今日はずっと雨だと聞いた」
「そうらしいね」
「…………」
「覇王?」
 黙りこんだ彼を促すように見れば、暗がりでも分かるほど紅潮した顔。
「……泊まってもいいか」
「勿論だよ」
 身を寄せてきた覇王の頭を軽く撫で、ジムはにっこりと微笑んだ。
作品名:ペーパー@20100530 作家名:ましゅろ~