息をしてもいいのですか
いつもは優しい弧を描く清廉な双眸が、今はまあるく見開かれ、その中心に私の像を映している。不意の台詞と、穏やかすぎる彼の声音が、私の心臓を悪戯につんつん、とつついてくる。
「え、あ、」
「そのリボン。君によく似合ってるよ」
彼の指差す先は、私の正面からやや右に逸れて、ついこの前新しく頂いたばかりの私のリボンに向けられている。私は急に恥ずかしくなって、ただでさえ兄様以外の方の前だと吃りがちなのに、あまり大きくない体をもっと縮めて、更に言葉を窮してしまう。
「こここ、これは兄様からっ、頂いたもので、」
「バッシュから?へえ」
彼の腕が私の前を横切り、私の短く細い髪を小さく束ねているリボンにそっと触れた。彼に会う前に新しく結い直したばかりのそれはとても脆く、少し触れただけでも簡単に乱れる。布が擦れる音がして、僅かながらに右側に偏っていた重みが忽然と消え去った。
「ヴァルガスさ、」
彼の指先が私の翡翠色のリボンをさらい、解けたリボンは彼の手に。伏せられた眼差しの上にかかる長い睫毛は彼の髪色と同じく、陽に透けてきらきらと輝いている。祈るように切ない口づけが翡翠の上に落ちて、前髪の隙間から覗く双眸が、私を見上げる。
「あんまり可愛いから、ちゅーしちゃった」
花が咲くように微笑む姿に、私の心臓はどかんと爆発しそうなほど強く鼓動を打ち突ける。心臓が胸を突き破ってしまうかと思ったくらい。
「ごめんね、俺、自分じゃ結べないんだ」
「お、お気になさらずっじ、自分で結いますので」
「もう結んじゃうの?」
「え…、いけません、か?」
「んー、もうちょっとだけ」
私の手の甲を彼の左手が支え、手の平には彼の右手がそっと重なる。滑らかな感触。握った拳を開くと、解かれた私のリボンがあった。とても丁寧に扱ってくださったのがわかって、とても嬉しい。
「ありがとうございます」
「ヴェ?なんでお礼を言うの?」
「このリボン、私にとってとても大切なものですから」
首を傾げて覗き込む彼から、心なしか感情の色が引いていく気がして。
「リヒちゃん」
顔を上げる前に、細い絹のような茜色が影に重なり、甘いお菓子のようなにおいが漂って、頬に冷たい感触が落ちる。
「あんまり可愛いから、ちゅーしちゃった」
二度目の台詞に、今度こそ私の心臓はぼふんと爆発したにちがいない。
100325
作品名:息をしてもいいのですか 作家名:ばる