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 千鳥足で歩く大学生らしき若者達を横目に見ながら歩いていると、ビルのウインドウに自分の姿が映る。見るともなしに見ていると自分もひどい千鳥足であることに静雄は気付いた。おかしくなった。くつくつと喉で笑いながらなおも歩き続ける。ここは池袋。見知った町、見知った場所。もっと酔ってから帰ったこともある。だから大丈夫、と自分に言い聞かせていると何が大丈夫なのかわからなくなってきて、また静雄はひとりでひっそりと笑った。
 と、ふと見たビルとビルの隙間に、いいものを見つけた。
「よいしょ」
 と壊さない程度の力を込めて黄色と黒のまだら模様のポールを押し上げ、静雄は駐車場へと入っていく。
 車が十台ほど泊めることのできるそこには料金所は自動で人の姿はなく、静雄は見つけたものの手前でひざまずく。
「枕、はっけ〜ん」
 それは車輪止めと呼ばれるもので、車のタイヤが一定の距離以上に深く駐車して周囲に衝突しないためのものだが、高さといい形といいそのときの静雄には枕に見えた。ここで寝ていけ、とビルとビルの間から見える狭い夜空が囁きかけている気がしたのだ。
「じゃあ、おやすみなさ〜い」
 誰に言うともなく、パッと見よりも大きく堅いコンクリの固まりに頭をあずけて目を閉じる。
 ――夢を見た気がする。でもそれを思い出すより早く、静雄目の前の現実に対処しなければならなかった。
「おい静雄、意識はしっかりしてるか?」
「え?トムさん?」
 これは夢の続きだろうか。目の前に見知った顔がある。けれど夢に入る直前にはなかった顔だが、そのトムの後ろに広がる光景は寝る前と同じ、ビルとビルの合間、うらぶれた駐車場、視線を落とせば頭のあった位置には灰色の車輪止め。 
「おい、どうしてこうなったか覚えてるか?」
「は?」
 どうして、とは酔いつぶれるまでのことだろうか。それなら簡単だ、今日は仕事が午前中で終わって、眠かったから自宅に戻って寝て、夕方に目が覚めたら腹が減っていたから外に出て、コンビニを通り過ぎた立ち飲みの屋台で仕事帰りのビジネスマンに混じって一人で飲んでいたらやけに酒が回って。暑苦しかったからぐるりとあたりを散歩することにして。
「枕があったんス。だから寝てました」
「枕って、これか」
 トムは呆れた顔で足下の車輪止めに目を遣る。
「トムさんこそ、どうしたんスか、今日は午後休みだったでしょ?」
「あー、うん、だるいから寝て、寝苦しいからさっき起きてこのへん散歩してたらお前見つけた」
「すげー、奇跡みたい」
「お前を狙ってる奴に先に見つからなくてよかったよ――わかったら、そろそろ起きろ。こっからなら俺んちのほうが近いから、うちに来てもいいし」
「じゃあトムさんの部屋で飲み直していいっスか」
 自分の口から出た言葉に静雄自身が驚いた。自分がこんなふうに誰かに――しかも先輩に――酒飲みにつきあえ、なんてことを言い出すなんて。
 トムは少し情けなさそうに肩を落としてから立ち上がって言った。
「あーわかった、構わねーからとにかくいつまで地べたに座り込んでる気だ、立て」
「はい」
 トムに続いて静雄も立ち上がる。体に残る疲労感からいうと寝ていたのは一時間くらいか、と携帯を取り出して時刻を確認しようとして、目を見張る。
「あれ?トムさんから着信……」
「あ!」
 先に立って歩き出そうとしていたトムがしまった、という顔をする。
「19時から20時まで、6回?」
「ええと!その……」
 珍しいこともあるものだ。仕事に寝坊しかけた時でさえ、ここまでたてつづけに着信があったことはない。トムは人情家に見えて都会人らしいドライさも持ち合わせているから、駄目だと思ったことに対して割り切るのは早い。
「だから……俺も飲みたいなと思ってたんだよ」
 ばつが悪そうに頭をかくトムに、静雄はつい聞き返してしまう。
「誰と?」
「お前とだ、馬鹿」
 馬鹿にされても仕方がない、静雄の聞いたことは愚問だった。誰と飲むなら静雄に電話をかけてくるというのか。
 そして最後の着信から現在、いや先刻、静雄が起きたであろう時分に最後のコールが入っていた。携帯の液晶を見つめる静雄にトムが先に立って歩きながら言った。
「悪かった。謝る」
「何がですか」
 唐突に謝られて半歩後ろを歩いていた静雄も途方に暮れる。
「たまたま見つけたんじゃなくって、いやたまたまはたまたまなんだけど、お前の携帯に何度かかけてたら近くで着信音が聞こえたんで、それで見つけたんだ」
 なるほど、そう言われると全てのつじつまが合う。
 ではあとは聞きたいことは一つだけだ。
「いいんスか、俺で?」
「ばーか。お前と飲みたかったんだよ。さ、俺の部屋へ行くぞ。飲み直しだ」
「それなら、俺は酒はだいたい抜けたんで、どっか別の店に行きません?」
 トムは首を横に振って曰く。
「また枕を見つけて眠られたら堪らん」
「たしかに」
 にしても、とトムは静雄に聞こえないように呟いた。
「見つけたってより、どっちかってーと、お前に呼ばれた気がするんだけどなあ……」
 この後輩とは何度も出会ったり別れたりを繰り返してきている。その都度、何か静雄のもつ運命のようなものに引っ張られたような気がする時が、トムにはあるのだった。

                      <終>
 
 

作品名: 作家名:y_kamei