息を喰う
なんとか自分を押しのけようと抵抗する両腕を右手ひとつで壁に縫いとめても、この男はまだ油断がならないということを、静雄は嫌というほど知っている。
案の定股間を蹴りあげようと上がってきた膝を、空いたほうの手で軽々と受け流す。それ以上の悪さを封じるために、さらに半歩踏み込んで互いの下半身を密着させた。静雄の脚と絡み合う両足がなおも往生際悪くじたばたともがくので、肋骨を折らない程度に充分加減して薄い胸板を圧迫した。
げふっ、と咳き込むような短い声が漏れた。すこし遅れて、肺から押し出された苦しげな呼気が鼻先を擽った。
暗い昏い双眸が、静雄を睨んで光っているのがサングラスごしにもわかる。
顔を近づけたのは、喉笛を噛みちぎるつもりだったのだと思う。そうしたくなった理由など知らない。静雄の裡に棲む獣は、行動することに理由を必要としない。
ただ、相手の喉からひゅうひゅうと漏れる細く弱い瀕死めいた呼吸と、荒々しい自分の息吹が混ざりあうのが、ひどく熱く感じられたのだ。それが何故だか静雄の奥底をどうしようもなく昂ぶらせて、目の前の獲物に食らいつかずにはいられなかったのだ。
味見でもするみたいに軽く歯をたてると、相手は一瞬だけわずかに緊張した気配を見せた。常からの不遜な態度からは想像もつかないその反応が愉快で、だからそれからはもう止まらなかった。
かたく閉じた唇を舌先でこじ開ける。
熱く湿った内側を弄ぶ。
口内の隅々までも丹念に蹂躙する。
粘膜を嬲る、吐息を暴く、そうして飽くことなく、唇を貪り続ける。
角度を変えるたびにぶつかる自分のサングラスが邪魔で、むしりとって投げ捨てて再び相手の唇にかぶりつく。知らず昂ぶっていた下腹を相手のそこに乱暴に押しつけながら、決して意のままにできない男を今だけは思うがままにしているという、歪んだ優越を感じずにはいられない。
互いの濡れた口元から透明な唾液が幾筋も溢れて零れ、雫になって落ちていく。
このままこいつを喰い尽くせるなら、それもいいかもしれない。そんなことを静雄は思う。
けれど一度この男を引き裂き、啜り、咀嚼し、何もかもしゃぶり尽くして飲み込んでしまったが最後、このねじれた快楽は二度と味わえないのだ。