ねこ
「あかや、こっちにおいで」
大きな屋敷にたったひとり、彼は住んでいた。たったひとりで布団の中にいて苦しい時は俺を抱きながら眠る。弱い人間だ、元々俺はノラで柳さんに餌をもらっていたからこのさい俺の家にいればいいと言う彼の言葉に甘え今こうして彼の膝の上であくびをしてる。
彼は病で床に伏しているらしく、猫の俺には到底解りもしない体の痛みに苦しんでいる。そのたび泣きながら苦しい苦しい死にたいと言うもんだから俺もなんだか悲しくなってきて一声出してにゃあっと柳さんの横になる布団に潜り込んだ。生きていないみたいな体温にびっくりするが、苦しくて泣いているこの人を放っておけるほど俺は非道でもないから体を寄せて彼が死に近づいていくのを見ているしかなかった。
彼の家には彼しかいないといったが、最初からではなかった。最初はお母さんもお姉さんもいたそうで、父は小さい頃にはやり病いで亡くなって顔はよく覚えていないんだと柳さんは笑った。
そして俺が餌をもらっていたノラの時代に母と姉も同じ病いで亡くなった。最愛の人を亡くし生きていく理由も見いだせない彼のそばで、俺はまたにゃあと鳴くしかなかった。こんなに人間になりたいと思ったのも初めてだった
「蓮二」
この人は真田さん。柳さんの親友でおもいびとだそうだ、俺は猫だからしんゆうでおもいびとっていうのがなんだか解らなかったが、床に伏せっているあの人が真田さんがくるとよく笑うから、きっと大切な人なのだろうと思う。
お医者の知り合いが居る真田さんは柳さんの病いが労咳だと知っていた。そして今の医学ではどうにも直せそうもないらしい。俺はお医者と真田さんが別の部屋で話しているのをきいた。
真田さんは嘘がヘタだった、柳さんはその嘘を見通して自分が死ぬのだと悟っていたけれど、真田さんの目の前だけでは決して涙をみせなかった。
「弦一郎。」
そうして彼が帰ったあとに愛おしそうに名前をよんでは泣く。
俺はそのたび何も出来ないからだを精一杯のばしてかれの膝の上にのって彼の顔をじっとみる、人間に捨てられ、黒猫だと石を投げられた事もあった、だから人間なんか大嫌いだ。でも柳さんの側にはいたいと思った。
俺たち猫は決して人に死骸を見せない。ひっそりと死んでいくいくものだ。それは誰かを悲しませない為でもあるし、自分の死を悲しんでくれる人の泣き顔が見たくない事も理由と含まれている。他の猫は知らないけれどね。
ある日柳さんは血をはいて、酷く青い顔をして弦一郎、と泣くのだ。俺はもう、長くないのだとも感じた。だから俺はその日はじめて彼のもとを離れてあの人を呼びにいこうとした。猫の俺の言う事なんて信じてくれないかもしれない、でもきっとあの人だって柳さんをとても大切にしていると思う。だって俺はみたんだ、あの日お医者に労咳だと病状を知らされた時に彼は泣いていたんだもの。
「にゃあ」
今あの人をよんできてあげるから、と彼の涙でぐちゃぐちゃになった顔にすりよると冷たい掌が俺をつつみこんで抱きしめた。
「よばないでくれ。」
「にゃあ」
「死んでいく姿を、あいつにはみられたくない。」
「にゃーあ」
俺は暴れた、だってあの人は後悔する、きっと後悔したまま生きてくじゃないか。柳さん、あの人はきっとそう言う人だとおもうよ。貴方を独りで逝かせてしまった事をずっと心にひっかけて。そうやって生きていくよ。だってあのひとは貴方を愛しているもの。
「あいつはやさしいから、きっと、ずっとないてくれる。」
「にゃあ」
あいつを悲しませる事はもうこれ以上したくはないんだ、と泣きながら言う彼の姿を見て俺はおとなしくなるしかなく。その涙を舐めとってそっと彼の横で眠ることにした。
「ありがとう、あかや。」
「にゃあ」
朝になると彼は静かに逝っていた。
俺は彼の顔をのぞきこんでもう一度泣いた。
人間になりたい、そう思った。
俺は真田さんの家を訪ねた、真田さんは俺をみて。俺を抱きしめて泣いた。逝ったのか蓮二。よくがんばったな、そう言って声を押し殺してないた。ほらやっぱり、真田さんは貴方を心から愛していたよ、柳さん、見てるかな。
なんで俺をみただけで柳さんが死んだ事に気付いたのか。それは解らなかったけれど、俺は真田さんの腕のなかでにゃあにゃあと泣いた。
黒猫を抱いて泣く大の男を見る人の目は冷ややかだった。
柳さんの葬儀は全て、真田家当主真田弦一郎さんが全て滞りなく住ませてくれた。最後の最後に柳さんを抱きしめてお別れを言った真田さんは笑顔で、柳さんの顔も満足そうな幸せな顔だった。
俺のこの先の所在はきまっておらず、またノラに戻るのだろうと思っていたけれど真田さんは家の人間たちの反対を押し切って黒猫の俺を飼い猫にすると言ってくれた。あかや、お前は蓮二の恩人だから、俺がちゃんと面倒をみるぞと笑ってくれたその人に俺はすりよって返事をする。
「にゃあ」
きっと人間よりは寿命の短い俺だから、今度は俺の死をこの人は見ていくんだろうと思うと。ああなんて悲しい人なのだろうと思う。柳さんがそうしたかったように俺は真田さんの側で最後まで生きていこう。
きっと柳さんも、喜んでくれる。そうおもった。
END
20091205