5秒で仕留めろ
「・・・アルタイル」
いつもなら一瞬で返事がくるのに、隣の鳶色の髪の青年は何も言わなかった。
熱心に手の中の小さな機械を覗き込んでいる。
マリクは不満げな顔をして外を眺めた。電車の窓からはいつもと変わらぬ
景色が流れていく。
・・・出かけようと誘ったのはお前だろう。
そう、今日は久しぶりに二人きりで出かける日なのだ。公共の場だから
あまり大胆なことは出来ないが、それでも会社で周りからの視線に耐えかね、
ついついアルタイルを突き放してしまい、夜になるとむくれる彼を宥めることになる
平日よりはマシである。ちなみにこれから映画を見に行き、そのあとは
アルタイルの要望で(彼は強硬に反対したのだが結局折れた)、
マリクの服を買って、夜はレストランで食事をする予定である。
家に帰ってからの予定は・・・アルタイルにおまかせだ。
「アルタイル・・・」
そんな楽しい日なのに、アルタイルは未だに小さな機械を覗き込んでいる。
昨日新調したばかりスマートフォンで、ビジネスマン向けの充実した機能と
その機能のスペックの高さ、そして性能の高さの割に手のひらにすっぽりおさまる
小ささがセールスポイントである。
なにか新しい物を手に入れると夢中になるアルタイルの気持ちは、マリクにも
よくわかる。実際マリクだって、新しいパソコンを買ったらアルタイルのことは
おざなりにしてしまうかもしれない。
だが、スマートフォンごときに恋人を取られたかのようでマリクは面白くなかった。
いつもアルタイルの方が、積極的にコミュニケーションを仕掛けてくるのでなおさらである。
・・・マリクの中の悪戯心に、15年ぶりに火がついた。
アルタイルの耳朶に触れるか触れないかの所までそっと唇を近づけて囁く。
「アルタイル、好きだ」
「なあッ!?マ、マリクッ!」
顔を真っ赤にして慌てふためくアルタイルを見ながら、彼の手の中の
スマートフォンの電源ボタンを、そのすらりとした人差し指で押す。
1、2、3、4、5。
ちゃらーんという底抜けに明るい音がして、画面がどんどん暗くなっていく。
そして、ブラックアウトした。今のでアルタイルの保存していない編集中の
データは、全部消えただろう。
「あッ!マリクっ!」
「アルタイル、ここは電車の中だ。あそこのステッカーに“優先席付近での
携帯電話の電源はオフにしてください”と書いてあるだろう」
「優先席付近って・・・四メートルは離れているのにか?」
「ああ、そうだ」
そう言って、マリクはふいっとそっぽを向いた。アルタイルはため息をついて
ひとこと言った。
「マリク、おまえはただ、俺が返事をしないから怒っただけだろう・・・違うか?」
「知らないな、アルタイル」
そう言いながらもマリクは、首筋がどんどん赤くなっていくのを感じていた。