ナヤミゴト
『一切の過去の遺恨もしがらみもなく、互いにファイターとして相手を敬い、己を磨いていく』
そもそものうたい文句通り、誰も亜空軍側についたものを責めようとはしなかった……そう思われていた。
「ロボ?」
メタナイトは声をかけた。ここは戦艦ハルバード。普段はステージとして使用されているが今日はメンテナンスのため使われていない。それなのに一人でたたずんでいるロボットが気にかかったのだ。
「ア、メタナイト、オ疲レ様デス。メンテナンス、デスカ?」
「ああ、本来の持ち主のほうが勝手がわかるだろというのでな。」
「ソレジャア、オ邪魔デスヨネ?失礼シマス。」
その姿が妙に物悲しく見え、メタナイトは思わず引きとめた。
「ドウ、シマシタカ?」
「あぁ、その、だな。うん、一人だとやはり大変だから時間が許すのであれば手伝ってほしいのだ。
実はもともと機械には明るくないのだ。システムなどは部下が担当してたしな。」
「ソウ、デスカ。ソウイウコトナラ、オ手伝イ、イタシマショウ。」
「異常はないな。」
「ハイ、システム、オールグリーン、デス。」
もともと不具合の報告もない、定期的な点検だったのであっさりと終わった。それでも何か起こってからでは遅いということもあるので欠かしたり、手を抜くことは絶対にしないのだが。
「ソレデ、私ニ何カ用ガ、アルノデショウ?」
「ん?」
突然尋ねられ戸惑っていると、もう一度ロボットが言った。
「デスカラ、本当ノ用ハ何デスカ、ト言ッテイルノデス。」
それでもメタナイトは答えない。
「アナタノ言葉ニハ矛盾ガ、アリマス。」
突き付けるようにコンピューターの合成音が機内に響いた。
「矛盾?」
「アナタハ、機械ニ明ルクナイ、ト言イマシタ。ソレナラバ、マスターハンド、ハ、アナタニ頼マナイ。」
「……」
「危険デス、空を飛ブ鉄ノ塊ヲ扱ウノニ不適切。ナノニ、アナタハココニイル? オカシイ。」
「……ならば、機械に詳しくないというのは口実で本当は引き留めて話がしたかったのだろう、か?」
「……ソウデス。チガイマスカ?」
「いや、その通りだ。……簡易のものだが調理台がある。礼だ。コーヒーでも淹れよう。」
「デハ、イタダキマショウ。」
「なぜそなたはここにいたのだ?」
器用に仮面の隙間からコーヒーを飲みながらロボットに尋ねた。
「ソレヲ、聞キタカッタノデスカ?」
彼はアイセンサーを閉じしばらく間をおいてから答えた。
「失ワレタモノニツイテ、考エテイマシタ。」
「……」
「アノ一件は多クノモノガ破壊サレマシタ。」
「そうだな、だが両手の神はその多くを元に戻した、このハルバードも含めて、な。」
「デスガ、私ノ故郷、仲間ハ還ッテコナイ。」
大量の亜空爆弾が一度に爆破し、その影響は計り知れない。
……それゆえエインシャント島はタブーと大迷宮が消滅しても復活することはなかった。確かに不公平だ。
「マリオヤリンクタチモ、クッパヤワリオソレニ……ガノンドロフヲ許シマシタ、ケレド」
ロボットはそこで一度言葉を切り、コーヒーに口をつけた。
「ケレド私ハアノ男ガ許セナイ。」
「ガノンのこと、か」
そう言うとメタナイトは目を伏せた。気まずい沈黙が流れた。
「私ハ守リタカッタモノヲ守レナカッタ。ナゼマスターハ仲間タチヲ蘇ラセテクレナカッタノカ? ナゼ?」
ナンノタメニ私ハ戦ッタノカ? ロボットはそう呟いた。
「生きているからだろうな。」
「生キテル?」
その言葉に首をかしげた。
「いかに神といえども命を蘇らせることはできないのだ。」
「私タチハ機械デス。」
機械の合成音を強調させる声で言った。おそらくわざとだろう。
「もしそなたが本当に生きていないのであればそんなに悩むことはないだろう。
生きているから誰かを憎み、悩み、そして悲しむのだ。」
「……」
「少なくとも『この世界』でそなたは生きてる。そして生きているそなたが、そこまでの思いをかけられる存在が生きていないはずないな。」
『この世界』ではロボットは眠るし、食事もとることができる。
マスターハンド、クレイジーハンドはロボットを『ひと』として扱っているのだ。
「そして力不足を嘆くからこそひとは強くなろうとし、不確かな存在だからこそ誰かの温もりを欲するのだ。」
「……アナタモソウナンデスカ?」
「そうだな。私もかつて世界のもどかしさに歯がみしたことがある。自分の理想や正義を否定したものを憎んだ。……それでも私は、誰かにわかってほしかったのだ。」
メタナイツのことか、とロボットは自身のデータバンクの中でヒットした情報からあたりをつけた。お世辞にも戦闘能力があるとは言えない彼ら、それでもメタナイトは、より力あるものを雇おうとは、彼らを見捨てようとはしなかった。
……それはメタナイト本人が自分の理解者を必要としていたからだろう。孤高に生き、己の正義のために剣をふるう彼ですら、無条件に自分を信頼してくれるものをそばにおきたがったのだ。
そう、マリオやリンクたちもきっとそういう面があるのだ。強さの陰には必ず弱さがある。それに自分は目を向けず、自分だけがそうなのだと思っていた。回路が焼けつきそうな“感情”を引きずっているのは……。
けれどそうじゃない。苦しさがあるからつらさがあるから自分たちは戦ってきた。そしてこれからも戦っていく。今度はそれを楽しさや喜びに変えるために……。
「メタナイト。」
「なんだ?」
「トテモ、オイシカッタデス。ゴチソウサマデシタ。」
「そうか、それは良かった。」
メタナイトが仮面の下でふっと笑った気がした。
次の試合でガノンドロフとの対戦になれば思いっきりバーストさせてやろうとロボットもくすりと笑った。