呆れる程好き
「死んでしまえ」
突拍子もなく投げつけられた言葉に怒りを覚えないはずもなく。俺は丸まった弦一郎の背中に読んでいた本を投げてぶつけた。いつもなら怒って怒って怒鳴る弦一郎が今日はそれをしなかった。暫くするとグスングスンとすすり泣く声が聞こえる。俺はまさか泣かせてしまうとは思っておらず、しかし謝る気にもならなかった。
一日を振り返ってみよう、そこに今日の弦一郎の変化の答えがあるかもしれない。
まず朝、朝は何も変わりなくおはようと挨拶をすればおはよう、と帰ってきた。そこでは何もなかったはず。下駄箱で後ろから話しかけられ、振り返ったらクラス委員の女子(名前も顔も興味がないので覚えていない)で何か書類を俺に渡してその女子はいってしまって弦一郎と声をかけた頃には姿がなかった。
部活にいってみればもう不機嫌は最高潮で練習メニューはいつもよりハードになり、弦一郎の怒鳴り声に部員は縮こまり、赤也はぶるぶる震えていた。そんな横で精市はずっと面白そうに部活風景を眺めていたし。まるで地獄。
今日はあまり弦一郎に関わっていなかったからと弦一郎を家に誘うと不機嫌に「いく」と言う。ああよかったと俺は思った。これで断られてしまっては始末に負えないと思っていたからだ。
だが地獄は終わらず俺の家に上がってもなお弦一郎の不機嫌はなおらず。ただ本を読むばかりでまったく俺の事など気にしなかった、弦一郎のバカ野郎と俺も不機嫌を決め込んで本をよみはじめた。
その矢先にあの発言、どうしたって俺に非が有るとは思えない。
「弦一郎、俺が死ねば機嫌はなおるか」
「なおらん。」
「なら俺はどうすればいい」
「…」
そっと近付いてみれば弦一郎は俺に抱きついてきた。そんな事一緒にいた時間された事がなかった俺は吃驚して思わず開眼せざるおえない。
「弦一郎…?」
「うるさいうるさい、蓮二などしんでしまえ」
「……理由を話してよ弦一郎」
しくしく俺を抱きしめながら死ね死ねと泣く弦一郎の行動に矛盾を感じつつもその腕を振り解く事はできずにそのでかい男がなきながら俺を抱きしめる原因をもう一度振り返る。
「朝はなんでもなかっただろ弦一郎」
「そして下駄箱の時点でお前は消えた」
ぎゅううっと力が強くなり首に食い込んでいく腕を叩くと弦一郎は慌てて俺を解放した。
「下駄箱で何かあったか」
「ない」
「嘘をつけ、でなければ今お前がやってる事の道理は通らないぞ」
「ぐっ」
弦一郎はまたうずくまって頑なに理由はいわなかった、もうお手上げだ。と俺は弦一郎に投げつけた本を手にとり、もうお前には興味がなくなったとでも言うように弦一郎を無視した。理由もつげられずに嫌われる事はとても理不尽だ。考えていたら腹がたってやっぱり一発殴らないときがすまなかった、本の内容は頭に入らない。
ふと目を本からはなして弦一郎をみやるとじっと小さくなって膝に額をくっつけてすすり泣いている。チラチラと視線は此方にやって目があった途端下を向いてしまう。
そんな状態ならさっさと帰ればいいもののそうしない理由、さっき俺を抱きしめた理由、下駄箱で先にいってしまった理由。
「弦一郎、」
名前を静かに呼んでやると弦一郎は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をティッシュで拭い。少し枯れた声で「なんだ」と返事をした。そこで俺は弦一郎の枯れた声や、律儀に返事をする事にこれ以上ないぐらいと愛しさを感じてしまった。
(ほんとうにおれは、げんいちろうが大好きだな)
自分でも呆れるぐらいに。死ねと言われたら死んでしまうぐらいに心は痛かった。
「弦一郎、好きだ、」
「何をいきなり!!」
顔を真っ赤にして照れるから、何度だっていいたくなる。
「好きだから、仲直りしたい。」
「…む」
「嫌か?」
「いや…むしろ俺が謝らなければならん方なのに…」
律儀にもほどがある。さっきまでは死ねだのなんだのといっていた奴が。
「お前も俺が好きなら許してはくれないか?」
「うむ、勝手にへそを曲げて悪かった。」
急に今までの行動を恥じたのか弦一郎は耳どころか首あたりまで真っ赤にして下をむいてしまった。
「好きだから」きっと態度でもなんでもなく弦一郎は言葉が欲しかったのだろうと一人納得し、精々これからは「死ね」などと言われぬようにありったけ声に出して愛していると言おうと思う。
「こっちにおいでよ弦一郎」
「いや…遠慮しておく…」
「弦一郎、お前が好きだから俺のそばにきてくれ」
「お…お前というやつは…まったく」
照れつつ俺に言いくるめられていることに気づきながら、弦一郎は俺のそばによってきて首を傾けてスッポリと俺の腕に収まる。
「可愛い奴」
「馬鹿者」
END
20091219