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太陽を愛した愚かなイカロス

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「……ぬしは何をしているか?」
「空を見ているだけだ」
 もう太陽が沈み、闇色の帳の中で細く消えそうな銀月を拝んでいる輿を床に着けて彼の横に座れば、三成は顔をこちらに向けて刑部こそ、と問い掛けられる。
「意味などなかろ。ただ、三成に会いに来ただけよ」
 そんな事言う自分が馬鹿らしくなってきて、輿の隅っこに置いて持ってきた酒と杯二つを彼に差し出した。
「そうか」
 杯一杯に注いだ酒を呷るように飲んだ彼は瓶からもう一杯注げば、それを押し付けてきた。
「もう一つ、杯は持ってきておるが」
「……茶会の事を思い出したから、つい、な」
 曖昧に笑っては自分の手元へと戻そうとする器を、掴んで引き戻し口づけた。元々酒に強い方ではないのに、腹に何も含まれていない状態で飲み下したものだから身体がふわりと暖かくなる。
「……なるほど。なんと、久しい事であろ」
 器を床に置いてから、行灯一つ付けていない心細い月明かりで照らされた部屋を振り返った。先程通り抜けて来た場所だが、暗く寂しい場所でまるで自分の心を映しているように見える。
「あの頃は楽しかったな。気に食わない奴もいたは、いたが。刑部、私はあの頃に戻りたいのだ」
 切れ長な瞳を伏せて、自分に言い聞かせるように呟く彼には殆ど昔の面影は残っていなかった。
 ならば、これは自分を正当化する暗示なのではないか。自分は普通だと、正常なのだと言い聞かせているのではないか。
「……皆、いたからの。今は閑散としておる、が」
 そう言うと彼は紫の瞳をこちらへ寄越してきた。酷く孤独を孕んだその目に、自分が映っている事にこの上もない愉悦を覚えた。光彩に誰でもなく自分がいるのだ、病に犯され見窄らしい極まりのない自分、他人と比べられるのが大嫌いで弱くてどうしようもなく、世界から追放されても仕方がないのに姿なのに居続けられるなんて。
「だが、刑部は私に力を貸してくれるのだからなんとでもなるだろう」
 三成は自身に満ちたように呟いた。
「しかし三成、ぬしは復讐を果たしたらどうするのだ」
「…………それ以降はわからない。起きてみないとな」
 三成はまたも酒を注いで飲んでいた。彼も酒が強くはないのだが、大丈夫なのだろうか。問えばきっと目を大丈夫だ、と言うのだろう。彼はそんな男だ、自分が一番見えていると勘違いしていて、しかもそれを止める人達の存在を悉く否定する。三成の世界は闇色一色で、なにもかも入り込むのを拒むのだ。
「なら、まずは落ち着いて案を練るのがよいであろ」
「そうに決まっている」
 ふん、と鼻を鳴らす三成を見て、思わず固まった。彼の顔はまるで泣きそうに悲痛な表情をしているのに、言動には全く理解している素振りがない、という究極のギャップ。
「あぁ。まぁ、ぬしは表だって立てる奴ではないがな」
「別に、それはどうとも思うていない。私は別に世界に光があれなどは考えていないからな」
 布団の脇に置いてあった刀を手に取って、すらりと鞘を取っていた。細く鈍い色をした刃はまるで空に飾られた月に酷似している。
「なら、よかろ。……ぬしには秀吉様の代理は出来ぬ」
「そんなこと、ずっと前からわかっている。ただ、憎いのだ。私から、何もかも奪い去ったあの男が。あの男について行く奴らが理解できない」
 刀の柄を強く握ったまま、なにもない空に振りかざす様子を何も言えないままに臨んでいた。
 彼には日の光が似合わない。似合うのは消えやしない暗澹とした闇である。
 ずっと、世界が違っていたと思っていたのだが、三成とは酷く歩調があうのではないだろうかと思う。元々明るみに出て暮らせるような人ではい、高望みなど、誰にも彼にも好かれる日の光など近寄る事など許されていない身だ。
「……それは、われもだ」
 秀吉様という光を信仰していたとは言え、次に光り出しそうな家康を酷く拒絶し、秀吉様でないなら闇の中に居た方がマシだと考える彼には近付いても許されるのではないのだろうか。
「家康など、私の手で葬ってやる」
 闇に沈んで消えそうな、月に対してはどんなに近付いても、大丈夫であろう。と、根拠もない事を考えると心が軽くなった気がした。
 その重圧を人は恋煩いと言うのかも知れない。